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◆
更衣室でスタッフ用のTシャツに着替えながら、夢実がスマホを確認して「無事、病院に着いたみたいね」と安堵の息を吐いた。
そっか、良かったと言いつつも、心の中の靄は晴れないまま。
「星七、ゲーフェス楽しみにしてたのにな。それにめっちゃ頑張ってた」
「……そうね」
「あたしがゲーフェスに出すシナリオで悩んでたらさ、過去のストーリー全部読み返して、星七も一緒に考えてくれたんだよね。プランナーって企画を考えるのが主な仕事だから、企画書を作ってあとはお任せってスタンスの人も多いのに」
逆に、そんなスタンスの彼女は想像すら出来ないな、と思う。
「……星七は、いつでも本気で全力だった。なのにあたし、ゲーフェス大賞とるなんて現実味がないとか、言っちゃって」
「…………」
「ていうかそれ以前に、ユーザーと対面するなんて直接批判されたら怖いから嫌だなーとか思ってて。もーほんと……なんでもっと、信じられなかったんだろ」
──シナリオ、本当に面白いですよ! 自信持ってください。ほら、この間のイベスト、褒めてくれてるユーザーもたくさんいますから!
SNSやアンケート結果を集約したデータを見せて、そう言ってくれた彼女の言葉を。
「……私も、トロフィーを獲るなんて何を言っているのかしらって思っていたわ。でも……梓もそうだけど、だからといって妥協なんてしなかった」
ロッカーに鞄を突っ込んで、夢実は言った。
「私たちも全力でやったわ」
その言葉にハッとする。そうだ。口ではダメだ、嫌だ、無理だ、なんて弱音を吐いても、今までの人生で一番なんじゃないかって思うほど、この企画に全力を注いだ。
それでも宇佐見梓という人間は、いつもはムードメイカーのように振る舞うくせに基本的にネガティブで、『頑張ってるのは他のゲームだって同じだし、頑張ったからといって良い結果が約束されるような甘い世界ではない』とも思ってしまう。そしてそれは事実だ。だけど、
「……うん、そーだよね!」
あたしも、みんなも、頑張った。そう胸を張って言えるくらいの自信はこの胸にある。あとはこの自信に背中を押してもらって、最後まで全力で戦うだけだ。
この場に立ちたかったと、泣きそうな声で言ったあの子の分まで。
◆
「ふぅ。これで全部ねぇ」
会場のいたる所に設置されたスタンドにフライヤーを入れ終わり、椿はペットボトルの甘いカフェラテを口に含む。時刻は八時。徐々に人も増えてきて、慌ただしい足音がひっきりなしに聞こえてくるようになった。
ポケットの中のスマホが震え、取り出して確認する。星七からだ。スタッフルームへ差し入れを送った旨の連絡。わざわざ配達を頼んでくれたらしい。
「体調が悪いときに、気遣わなくてもいいのに……でも、ありがたいわぁ」
返事をしつつ、深刻な事態にならなくて本当に良かったと胸をなで下ろす。
──御手洗まどかの時は救急車まで呼ぶ騒動にまでなって、一時期会社は騒然とした。特に、倒れたときに近くにいた彼は相当参っていたと思う。
星七が倒れた理由は分からない。仕事による疲労が原因とは限らない。だけど星七の様子を見たときの彼は間違いなくそう思っただろうし、自分を責めていた。でないとあんな顔はしないだろう。
変に引きずっていないといいけれど。
そんな心配をしながらブースへ戻ると、そこには宇佐見、黒木のふたりと話をする久城浬の姿があった。資料を片手にブースの周りを指さして、何かを説明しているようだ。
その顔を見て、椿は思わず目を丸くした。
同時に、いつかの親友の言葉が蘇る。
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