13
「荷物、タクシーが来るまで持っとくから」
「…………すみません。ありがとうございます」
一瞬触れた手の熱さに、胸をかきむしりたくなるような罪悪感が襲ってきた。
──まただ。また、自分は……
「悪かった。無理をさせて」
企画発案者である天宮には、コンテンツの全体監修や管理を任せていた。誰よりも負担をかけていることは分かっていたはずなのに、どうしてこうなるまで気が付かなかったのか。
……いや。本当は昨日の時点で気付いていたのではないか? なのに見て見ぬ振り、本人が大丈夫と言ったのだからという免罪符を得て安心して、今日だけ乗り越えさえすればと。
どこかでそんな、残酷なことを。
真っ黒な思考がドロドロに溶けて、目の前を覆い尽くそうとしたその時。
「──……っ」
突然、天宮が浬の両腕をガシッと掴んだ。
「?!」
驚く浬をよそに、天宮は深く項垂れながら声を絞り出す。
「本当に、ごめんな、さいっ……! 私、いつもいつも、ここぞって時にダメで。昔から、そうで……NPCの会話でもう内容は分かったのに『もう一度話を聞く』って間違えて押しちゃうのと同じくらい私あるあるっていうかっ!!」
「お、落ち着け天宮、俺もそれはよくやる! ……じゃなくて体調不良は謝るもんじゃない!」
支えるために掴んだ細い肩は、ぜーはーと激しい呼吸と共に大きく上下していた。天宮は何度か咳き込んでから、掠れた声で続ける。
「今日は、本当に心底、頑張りたかった、けど」
ひゅっと、小さく息を吸う音が聞こえる。
「でも、きっと……私が、バトルフィールドに立たなくても、大丈夫だから」
「……何を」
「ゲーフェスで……たくさんのお客さんを、冒険に連れて行ってください。──……あのとき、私にゲームを教えてくれたみたいに」
泣いているのかと、思っていた。
しかし顔を上げた天宮は、顔色の悪さを忘れさせるほどの強い意思をその瞳に湛えていて。
キンと冷たい朝の風も、駅前の道路を行き交う車の音も、タクシーを呼んでくれた花里が呼ぶ声も、全てどこか遠くへ吹き飛んで。
──浬は唐突に、自分がゲームクリエイターになった理由を思い出していた。
子供の頃からゲームをするのが好きだった。
祖父に買ってもらったゲーム機はボタンの『A』が完全に消えるほどにやりこんだし、親のスマホで勝手に課金して母親から昇竜拳を食らったこともあるし、クリスマスにはサンタ宛てに『このよのゲームをぜんぶください』と手紙を書いた。
ゲームをする側だった浬が、何故、創る側を目指すようになったのか。
それは自然に抱くようになった夢だと思っていた。好きなことを仕事にしたいという、ごくありふれた感情から生まれたと思っていた。
しかし、そうではなかった。
『すごい! 本当に、自分がこの世界で冒険してるみたい!』
そう言って目を輝かせたあの少年──否、少女。
自分もただのプレイヤーのくせに、浬は不思議と誇らしい気持ちになって。
あんなにつまらなそうな顔をしていた少女でさえ、一瞬で笑顔にさせた魔法のようなゲームを、いつか、自らの手で生み出せたらどんなに素晴らしいだろうと。
あの時、確かにそう想ったのだ。
天宮を乗せたタクシーが曲がり角に消えていくのを見送り、時間を確認すると七時十分前。予定より遅くなったものの、元々早めに集合していたおかげで慌てる必要はなさそうだ。
「……行こうか」
荷物を持ち直し、
さっきまで肩に重くのしかかっていた何かは、いつの間にか無くなっていた。
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