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          ◆



 ゲームフェスティバル・ジャパン当日。一般客は午前十時から、関係者は七時から暮張メッセへの入場を許されるため、最寄りの暮張くれはり駅に六時半集合ということにしていた。


 まだ薄暗い寒空の下、かじかむ手でスマホを確認する。オフィス勤務の雪平からはアスクロチームのチャットに『頑張ってください』の一言と、筋骨隆々な猫のスタンプが送られてきた。


「意外なスタンプセンスだな……」


 黄色い鳥のスタンプを返し、スマホをポケットに入れたところで「かーいーりーちゃんっ」と背中にストレートパンチを食らう。


「おわっ……び、びっくりした」


「ボーッとしてると、ヤバい人たちに絡まれるよー?」


 振り返ると、黒木と宇佐見のふたりが立っていた。疲れはあるだろうが、顔色はいつも通りで調子は良さそうだ。ホッとしながら背中をさする。


「朝っぱらからヤバい人って……神室町じゃあるまいし」


「いやいや、わかんないよ? ジゴロ


「…………」


 さっきのパンチの数倍、ガツンと脳に響く正拳突き。


「……だれがジゴロだ」


「そっちじゃないでしょう、重要なのは」


「そーだそーだ、星七とどういう関係なのか白状しろー!」


 どういう関係かなんて、こっちが聞きたい。浬にだってよく分からないのだ。近づいたり離れたりを繰り返す天宮の行動の真意。そして自分自身がどうしたいのか──……


 それをじっくり考えるには、今はタイミングが悪すぎる。主にゲーフェスのことで脳の容量ストレージはいっぱいいっぱいだ。


「星七に聞いても『間違えちゃっただけですー』って誤魔化されるしさぁ」


 ぶーっと唇を尖らせる宇佐見にどう答えようか迷っていると、欠伸を手で隠しながらこちらへ向かってくる花里が見えた。ナイスタイミングだ。


「お、おはよう。よく眠れたか?」


「えぇ……まだ眠いけど、元気は元気よ」


「それは良かった。えー、東と雪平はオフィスだから、あとは天宮だけか」


 二人分の鋭い視線を感じながら、必死に改札口へ目をこらした。しかし、六時半着の電車から降りてきた人混みの中にも天宮の姿はなく、不安がじわりと胸に広がる。


「星七、いつもは早いのに珍しいねー」


 宇佐見がそわそわと辺りを見回したところで、近くに一台のタクシーが停まった。なんとなく吸い寄せられた視線の先で、中から大きな鞄を持った天宮が現れる。


 安堵したのも束の間、その顔を見て、一瞬で凍り付いた。


「す、すみません、おくれて……」


 ふらふら、ふわふわとした足取りは、荷物が重いせいではない。


「ちょっと星七?! どーしたのその顔っ、赤ぷよみたいに赤いよ!」


「へ? へへ……そんなことないですー……」


 天宮の目に渦が見える。その渦を見ているうちに、浬の視界もぐにゃりと歪み始めた。


『──ごめんなさい』


 雪に溶けてしまいそうな声が蘇って、心臓が痛むほど激しく鼓動する。


『ごめんなさい、久城くん。……私……が……』


 彼女を抱き上げた時の体の冷たさ。真っ青な顔。救急車の音。それらが鮮明に蘇り、濁流のように押し寄せた。爪が食い込むほどに強く、拳を握る。


「……天宮、病院へ行って今日は休め」


 天宮はぎくりと体を強ばらせたあと、気まずそうに視線を地面に落とした。


「いえ、ばたんきゅ~するほどではー……」


「何言ってんだ、今にも倒れそうだろ」


「で、でもっ、私、まだ……!」


 天宮が縋るように顔を上げる。そして、浬の表情を見て息を飲んだ。「……あ」と小さな吐息混じりの声だけが漏れて、その後は続かない。


「さっき天宮が乗ってきたタクシー、行ったみたいだな。誰かタクシーつかまえてくれるか」


「え、えぇ。わかったわ」


 花里が頷き、タクシーを呼びに走る。浬は、黒木と宇佐見に支えられるようにして立っている天宮に手をさしのべた。

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