21



 翌日、浬はいつもより少し遅い時間に出社した。恐る恐る挨拶をし、雪平の反応が至って普通だったことにホッとしながら席に着く。隣の席では天宮が黒木とモニター越しに話していた。


「黒木さん、例のもの持ってきました!」


「ありがとう。ファイル送ってくれる?」


 どうやら、イラストの資料となる写真を天宮が持ってきたらしい。黒木が呪いモードに入った時にはどうしたものかと焦ったが、何とかなりそうだ。このまま平和に解決へと向かってくれますようにと、浬は心の中で手を合わせる。


「浬ちゃーん、シナリオの切り方で相談なんだけど、ちょっといい?」


「ん?」


 不意に宇佐見に声を掛けられて、浬は彼女のノートパソコンを覗き込む。


「次のイベントさ、シナリオ的にはこの辺が山場なんだけど、ポイント解放の関所が近くにふたつあるじゃん? ちょっとぶつ切り感があるなって思って。後ろにズラせないかな」


「あぁ、なるほど。それくらいなら問題ない。他に調整したほうが良い箇所はあるか?」


「ある! シナリオ側の希望をまとめたメモ送るねー」


 宇佐見はそう言って、カタカタとキーボードを操作する。直後、画面上にポップアップしたメッセージの開封ボタンを反射的に開き、添付ファイルの拡張子を見て、浬は首を傾げた。


「あれ、画像で送ったのか」


「え? テキストデータだよ?」


「ん?」


 きょとんとする浬のパソコン画面に、一枚の写真が映し出された。


 砂浜に座る、よく似た女性がふたり。語らい合っていたところに大きめの波が来たらしく、驚きつつも弾けるように笑っている。澄みきった空の下、水しぶきが太陽の光をキラキラと反射しているが、それよりも彼女たちのほうが輝いていた。


 特に、奥に座る女性――天宮星七に、浬の視線はロックされる。


 やけに高画質なその写真は、滑らかで艶のある肌をあまりに生々しく映し出していた。


 流麗な曲線を描く身体のラインに、そっと花を添えるような白の水着ビキニ。シンプルで、まさにアバターの初期衣装に近いデザインだが、かえってそれが天宮の自然な美しさを際立たせている。くびれたウエストに、砂のついたしなやかな脚。盛大に浴びた海水が滴となり、谷間に吸い込まれてゆく様まで……全てが、はっきりと見える。


 たとえこれが『バトロワゲーで衣装スキンをセットし忘れたままバトル開始しちゃった人』という訳のわからないテーマのコスプレであっても、ごくりと息を呑んでしまう。


「黒木さん、写真送りました!」


「……? 来てないけど?」


「あれ?」


 浬のすぐ隣で、天宮は眉間に皺を寄せて自分のパソコン画面をじっと見つめる。そして、ゆっくりと浬のほうを向いて――己の過ちに気付き叫んだ。


「ぬわーーーーーーーーーっ!」


「うおあっ」


 突如、視界が真っ暗になる。一定時間、攻撃の成功確率を下げる系の魔法をかけられた……わけではない。天宮が飛びつくようにして、浬の両目を手で覆い隠したのだ。


「みみみみ、見ないでくださいっ」


「も、もう遅い! 不可抗力だ!」


「じゃあ忘れてください! 別のこと考えててください!」


「わかった、わかったから!」


 そうでなくても、一刻も早くあの写真のことを忘れなければ、もはや仕事どころではない。浬は混乱する脳をフル回転させ、とにかく萎えるものをたくさん思い浮かべた。


(チーター……死体打ち……スタック……対戦後わざわざフレ申してきてまで文句言ってくるやつ……バグ……ガチャ爆死……何十ターンも粘ったのに負け確イベだったとき……フリーズ……最強の装備をさせたキャラが装備品持ったまま途中離脱……)


「浬ちゃん、ちょっとパソコン操作させてねーエロ画像消すだけだから」


「エロ画像じゃないですよ?!」


「あぁ……好きにしろ……」


「久城さんなんでそんなテンション低いんですか? 私の水着コスプレそんなにやばかったですか?!」


「星七落ち着けー! もう消したから! ハイ大丈夫!」


 宇佐見の声がして、天宮の手がそうっと離れていく。


 視界が明るくなり、天宮の拗ねたような顔が眼前にあった。

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