22
「……ちゃんと忘れましたか?」
1・2の……ポカン! で忘れられればどんなに良いか。しかし、ばっちり覚えていますなどと正直に言えるわけもない。浬はなるべく紳士的な面を装って頷いた。
「あぁ、きれいに忘れた」
「ぬう。それもちょっと複雑ですね……コスプレイヤーとしては」
「難しいな!」
理不尽に抗議しつつ、若干冷静になってきた浬が次に意識を奪われたのは今の体勢だった。
天宮が浬の膝に乗りかかるように身を乗り出し、顔に手を伸ばしていたせいでふたりの距離は非常に近い。彼女は気付いていないだろうが、飛びついた拍子にスカートが少しめくれたらしく、露わになった柔らかな太ももが、浬の脚に絡むように、…………。
「……操作説明で、キャラが唐突にメタ発言するアレ……」
「? どうしたんですか、久城さん」
「なんでもない」
――……
そのあと、エロ画――ではなく写真は、ようやく正しい送り先である黒木の手に渡った。
「んん……まぁこれなら水の掛け合いよりは理解できる気がするわね……」
目を細め、カツカツとペンダブを動かす黒木。
「星七、この時どんなことを思っていたのか、覚えているかしら?」
「はい! えーっと確か、どうやったらバトロワゲーのアバターっぽい無機質な表情を作れるかって姉に相談をしてたんですけど」
姉、どう答えたんだろうか。
「その時、ぶわーって波が来て、びっくりして声が裏返っちゃって。それで笑ってたんです」
「なるほど……想像しやすいわね……」
その後も、黒木は時々天宮にヒアリングをしながら作業を進めていった。あまりの集中力に声を掛けるどころか近付くことも憚られたが、呪いモードとはまた違った空気だった。
やがて昼が過ぎ、夕方になった頃、黒木は突然声をあげた。
「色ラフが出来たわ! ちょっと誰か見てくれない?」
打ち合わせ中だった浬と天宮も、その声に同時に立ち上がり、黒木のデスクへ急ぐ。宇佐見も、待ってましたとばかりに飛んできた。三人で覗き込んだパソコン画面に映し出されていたのは――波打ち際で笑顔いっぱいに夏を楽しむ、アストラとルーナの姿だった。天宮の写真に似た構図だが、ポーズはそれぞれのキャラクター性に合ったものにアレンジされている。何より、ふたりの目が死んでいない。生き生きと輝いていた。
「いいじゃないか黒木!」
「すごいです! ふたりとも楽しそう!」
「夢実ー! やるじゃん、描けるじゃんキラキラ系!」
「そ、そう? 良かった。何回も描き直したのだけど……」
一斉に称賛を浴びせられ、黒木は頬を染めながらペンタブを握りしめた。その様子に、浬は心底ホッとする。
――イラストは、イベントの売上げを左右する大きな要素のひとつ。遊んでみると面白いイベントでも、イラストのインパクトが弱ければ参加ユーザーが減るなんてことはザラにあるのだ。
しかし、浬が安堵したのはイベントの成功を予感したからではない。
ゲーム作りに必要不可欠な、クリエイターのモチベーションを失わずに済んだこと。
それが何より〝良かった〟と思えることだった。
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