20



 なにかと不遇なアスクロチームだが、さすがに休憩スペースの利用は許可されている。オフィスの中央に位置するその場所には扉がなく、幾つかの椅子とテーブル、そして自販機が並ぶ。


 その自販機の前にしゃがみ込み、ホットのカフェオレを取る女性がひとり。


「ああ、雪平も来てたのか」


 ちょうど良かったと思いながら声をかけると、雪平は少し驚いたように振り返った。


「あ……お疲れ様です」


「昨日はよく休めたか?」


「はい。有休を取れと総務に叱られましたので……仕方なく、プログラマー向けのウェブセミナーを受けました」


「そ、それは休めたっていうのか?」


 雪平はカフェオレを両手で挟むように持ちながら、無言でこくりと頷いた。


「そっか、なら良かった」


浬も自販機に小銭を入れて手を伸ばしかけ、新しい商品に気付く。DIVINEディヴァインと炭酸飲料のコラボ缶だ。浬は少々複雑な気持ちになりながらも、冷たいコーヒーを選んだ。


「……さっきは悪いな、急にイベントを見直すなんて言って」


「いえ。売上目標のことを考えれば、見直しが入るのも当然です」


「はは、ありがとう。でも、厳しければ遠慮なく言ってくれ。他のメンバーも、なるべく残業しなくて済むように調整しようと思ってるし」


「サービス残業をさせられているわけじゃありません。別に、問題ないのでは」


 冷静な言葉の裏に小さな棘を感じて、浬は缶コーヒーを開ける手を止める。雪平は少し気まずそうに視線を落とした。


「誰かが楽をした分、責任感がある人に作業が集中するだけです。今回も、みんなが受け入れてくれなかったら久城さんが一人で何とかする気だったんじゃないですか」


 いつもは口数の少ない雪平の言葉に、浬の脳内にはNow Loading...の文字が浮かぶ。数秒後、読み込みを終えて閃いた答えを、思わずそのまま口にしてしまった。


「……あ。もしかして、心配してくれてるのか?」


 すると雪平は弾かれたように顔を上げ、


「しっ……」


 頬から耳にかけて真っ赤になり、目まで潤ませて、叫ぶように言った。


「心配なんてしてませんっ!!」


 効果は抜群だ。


 ぐんっと音を立てて浬のSPが削られる。回復するために休憩室セーブポイントにやってきたというのに、ゲージの点滅が始まっていた。


 1ターン経過で逃げてしまうレア敵のような素早さで雪平が立ち去り、残された浬はしょんぼりとしながら缶コーヒーを開けた。


 今日は、選択肢をよく間違える日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る