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――……



「かんぱーーーーい!」


 宇佐見の快活なかけ声のあと、グラスがぶつかり合う音が響く。


 グランコーラル光坂、商業ビルの九階、個室居酒屋『陣』にて、その小さな祝賀会は執り行われていた。


「あー、ほんと良かったよ。すごくない? アスクロ歴代二位の売上げ!」


「そうね。期待はしていたけれど、まさかここまで上がるとは思っていなかったわ」


 ねー! と宇佐見と黒木が頷き合うのを見て、天宮も嬉しそうに言う。


「ユーザーさんたちに喜んで貰えて嬉しいです! リリース初日も良かったですけど、あの『アクサマ完全攻略』のサイト公開から更に爆発しましたよねっ」


「うんうん! さっすが浬ちゃん。よっ、敏腕プロデューサー!」


「イベントが終わっても手を抜かなかったのは素晴らしいわ」


「いや、俺はぼんやりした案を出しただけで……それが良い形になったのはみんなの頑張りがあったからで……」


「あらぁ、照れちゃって可愛い」


「あははっ、ほんとだー!」


「褒められ慣れていない人の反応ね」


「…………」


 浬は何か言い返そうとしたものの、どうせ敵わないだろうと諦め、無言でビールをあおる。今の感情を彼女たちに知られれば、きっと更にかわれることだろう。


 浬がプロデューサーになって初めての祝賀会、『アクアスフィア・サマーの大成功を祝う会』には、幹事を引き受けてくれた宇佐見をはじめ、黒木、天宮、花里、そして雪平も参加してくれている。イベントが成功し、アスクロチーム全員で祝えて、嬉しくないわけがなかった。


 ちなみに、今回のイベントに貢献してくれた東も当然この会に呼んでいたが、直前にDIVINEディヴァインの緊急作業が入って残業が確定し、血走った目で「ミンナデ タノシンデキテネ」とカタコトで報告に来た。


 ……さすがに可哀想なので、明日何か差し入れでもしてやろうと思う。


「にしても、亜音様のコスプレには本気でびっくりしたよねー」


 サラダを取り分けながら、宇佐見がしみじみと言う。


「あぁ、あれは……もう私これで死ぬのかしら、と思ったわね……あ、店員さん、生おかわり」


「わたしも同じものをいただけるかしらぁ」


 乾杯してからたったの数分で黒木と花里のジョッキは空になっていて、浬はゾッとした。今のアスクロメンバーと飲みに来たのはこれが初めてで、みんなの酒癖は把握していない。


「あのー、亜音様って有名なコスプレイヤーさんなんですよね?」


「えっ、星七知らないの? 自分もコスプレするのに?」


「私はSNSとかには出してなくて、自分で写真撮って満足するタイプなので……イベントとかにも行かないし、他のコスプレイヤーさんのことはあんまり知らないんです」


 ならばあれは門外不出のレア写真だったのか……と感慨深い気持ちになりながら自分の小皿を手に取ると、いつの間にかプチトマトが大量に入っていた。斜め前の席で、宇佐見がそっと視線を逸らす。


「宇佐見、このプチトマト……」


「あ、えっと、亜音様はねぇ、割と最近コスプレ活動始めたみたいなんだけど、超絶美人でクオリティも高いからすぐに人気が出たんだよ。あー愛琉ちゃんコスやってくれないかなー」


「おおっ! そんな方にコスプレしてもらえて感謝ですね!」


「うんうん。あのコスプレのお陰で一層バズったっていうのもあるしねー」


「プチトマト……」


 浬の抗議は、興奮したメンバーたちの声でかき消される。まぁ別に嫌いでもないしいいか、と観念して、一粒口に入れたその時――とん、と左肩のあたりに何かがぶつかった。隣を見ると、梅酒の入ったグラスを持つ雪平が、その小さな頭をゆらゆらさせながら座っている。

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