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 ゼノ・ゲームスのオフィスは、駅直結の大型複合施設『グランコーラル光坂』に併設されたオフィスタワーの二十二階に存在する。併設とはいっても商業施設とは導線が分離されており、オフィス専用のエントランスホールが設置されていて、スムーズに出入りすることが出来る。


そのエントランスホールの隅っこに、天宮星七はぽつんと立っていた。周りに行き交うスーツ姿のビジネスマンたちを不安そうに眺めながら、両手でバッグを持っている。


 ビジネスの雰囲気溢れたその場所を薄手のパーカーにジーンズというラフな格好で闊歩し、浬は天宮に向かって軽く手を上げた。天宮のほうも浬の姿を見つけ、ぱっと顔を輝かせる。


「あっ、おはようございます! 本日からよろしくお願いしますっ」


「よろしく。メールでも伝えたけど、今日は社長と、事業部長と課長、あとアスクロのメンバーに挨拶して……簡単な業務説明のあとパソコンとか、仕事用の端末とか、諸々の設定をしてもらう。結構時間掛かるから、それだけで一日終わるかもな」


「はいっ」


元気よく頷く天宮の、本日の格好は――さすがにもう勇者ではなかった。


 オフホワイトのボウタイブラウスに、プリーツスカート。靴はつま先に丸みがあるタイプのローヒールのパンプス。お手本のような、春のオフィスカジュアル。


 通りすがりのサラリーマン二人組が、すれ違い様に天宮を二度見する。可愛いな、というヒソヒソ声を、浬の地獄耳が傍受した。


「……じゃ、ついてきて。通勤はこのエントランスからでもいいし、商業施設のほうからも一応入り口はある。あとで地図渡すから」


 軽快なヒールの音に、相槌の声が混じる。浬は天宮をエレベーターホールに案内した。


「AとBは途中の階までしか行かないから、CかDのエレベーターを使ってくれ。間違えたら面倒だから覚えておけよ」


「はい! コマンドを覚えるのは得意です!」


「コマンドではない」


 浬がちょうどボタンを押すと、運良くエレベーターが停止して、中から何人かが出て来た。服装で分かる。ゼノ・ゲームスの社員たちだ。みな、Tシャツやポロシャツ、ジーンズなど、ラフな格好をしている。軽く挨拶を交わしてからエレベーターに乗り込み、ふたりきりになったところで、浬は改めて切り出した。


「服装だけど、本当にラフでいいから。もちろん今日の格好でも問題ないし」


「そうなんですね! 服装自由とはいえ、初日だし少しはちゃんとしなきゃと思ってこの格好で来たんですけど……明日からはもう少しラフな服にします!」


 何故、その慎重さと常識を持ちながら、面接ではアレだったのだ。


 どうしても聞きたくなって、さも今思い出したかのように尋ねる。


「……そう言えば、面接のときにあの服装だったのって……」


「あっ、勇者のコスプレですか? 募集服装自由って書いてあって、ゲーム会社の面接だし、これはゲーム愛を試されてるんだろうなって思って!」


 両手を握りしめ、顔を輝かせる天宮に気圧されながら、浬は頷く。


「そ、そうか。でも、他社ゲームのコスプレっていうのはなかなか勇気あるな」


「はっ……し、失礼でしたか?!」


「いや、俺は面白かったけど。好きなゲームだし」


 驚いたのも事実だが、これも浬の本心だった。


 笑いながら答えると、天宮はボウタイの先端を弄りながら「私も好きです。あのゲームが、すごく」と嬉しそうに、懐かしそうに頬を緩める。


「へー、レトロゲー好きなんだな。それであの格好を選んだのか」


「はい! ……それだけじゃ、ないですけど」


 小声で付け加えられた一言は、二十二階に到着したことを告げるポーンという軽快な音に気を取られた浬には、届かなかった。

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