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「サ終が決まったわけじゃない。第2四半期の目標を達成出来なければ、という話だ」


「その目標を引き上げられたんだろ? AMAのご令嬢雇ってる場合じゃなかったんじゃね?」


「……うちの動向なんて探ってる暇があったら、発注漏れが無いようもう一度スケジュールを確認したらどうだ? また、イベントスチルを諦める羽目になるぞ」


 戸部の顔から、余裕の色が消えた。音が聞こえてきそうなほど強く歯がみしている。


「お前、何でそれを……」


「休憩室で、DIVINEディヴァインチームのやつがぼやいてたんだよ」


 いつもなら適当に聞き流すところだが、今日は浬も虫の居所が悪い。つい言い返してしまい、軽い自己嫌悪に陥りながら踵を返す。


DIVINEディヴァインチームのデスクはアスクロチームの部屋とは真逆にあり、浬と戸部はすぐ目の前の曲がり角で別れることになる。一刻も早く離れたほうが互いの精神衛生のためにも良いだろうと、歩く速度を速めたその時。


「……どうせ、もう死んだも同然のゲームなんだ。そんなゴミを生かすことに必死になって、誰かさんみたいに倒れないようにな」


 そんな言葉が耳に届いて、浬は再び足を止めた。身体の内側からマグマが湧き出てくるような感覚に陥る。感情を隠すことなく振り返った浬の顔を見て、戸部はせせら笑った。


「おいおい、何だよその顔。俺はお前を心配して――……」


「おはようございます!」


 金属を引っ掻いたような戸部のキンキン声を、明るく澄んだ別の声が上書きする。浬はハッと息を呑んだ。戸部の背後に、天宮星七が立っている。


「……ちっ」


 興を削がれたとでもいうように舌打ちして、戸部は浬を追い越して立ち去った。


 その足音が完全に遠ざかり、ようやく息を吐く。


「……おはよう、天宮」


 話を聞かれただろうかと不安になるが、天宮のにこにこ顔からは何も読み取れない。


「見てください、今日はラフな服装にしてみました!」


 そう言う彼女の服装は、Tシャツにロングスカートにスニーカー。腕に掛けている上着らしき服は、外で羽織っていたものだろう。確かにラフだが、さすが金持ちといったところか質の良さを感じるアイテムばかりだ。……K.O.と大きく書かれたTシャツを除いて。


「いやK.O.て」


 会社で何をK.O.するつもりなんだ。


「へへ、格ゲーも好きなので。これ、ウニクロとのコラボTシャツなんです!」


 天宮はそう言って、Tシャツをぐいっと下に伸ばす。しかし浬の目はK.O.のプリントよりも、布を引っ張ることによって強調された、形良く膨らむ胸のほうに吸い寄せられてしまう。


「ほらこれ、2のデザイン! 格好良くないですか?」


「あ、うん、そうだな」


昨今、セクハラという言葉にヒヤヒヤさせられている浬は、カタコトで答えたあとに素早く天宮の額に視線を移した。危うく自分がK.O.されるところだった。


「久城さんの服も、イーペックスですよね! 公式で販売されてるやつ」


「おーさすがだな。小さくロゴ入ってるだけなのに」


「ふふふ、私の目は誤魔化せませんよ。私、勇者ですから」


「勇者関係あるか?」


 楽しそうな天宮の笑い声を聞いている内に、腹の中で沸き立っていた怒りは嘘のように消え去っていた。


 ――戸部のくだらない言葉に動揺しているようじゃ、チームを引っ張っていくことなど出来ない。浬は静かに気合いを入れ直し、天宮と共にアスクロチームの部屋へと向かった。


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