日が変わるたびにメンバーも変えて、設営は進んでいった。


 ゲームフェスティバル本番まで、あと五日。


「花里。この案内用の紙、少し字が読みづらく感じる。会場が想定以上に暗いせいか?」


「あら……確かにそうねぇ。少しフォントとカラーをいじってきてもいいかしら。数パターン、サンプルを作ってくるわ」


「頼んだ。──あ、雪平、それは俺が運ぶからコードだけ引いておいてくれ。なるべくこっちから見えないように考えてもらえると助かる」


「わかりました」


「久城さん、ちょっと相談が……」


 雪平が立ち去ったあとに現れたのは、大きなバインダーを持つ天宮だった。


「ブースの装飾なんですけど、こっち向きにしたほうが良いんじゃないかと思うんです。他のブースの配置を見てると、きっとこう回ってくるお客さんのほうが多いから」


 天宮は説明しながら、バインダーに挟んだ地図の上を指でなぞる。その地図には空白が見当たらないほどに、びっしりと細かい書き込みがされていた。


 想定される来場者の流れ、照明の向き、他社ゲームのブース情報。やたら会場内をウロウロしていると思ったら、現地でしか分からないデータをかき集めていたらしい。


「ここを曲がったとき、ブースの正面が見えたらいいなって。うちのブースは隠しダンジョンをイメージしたデザインなので、えーと、何ていうか……」


 続きの説明を受ける前に、不思議と彼女の言おうとしていることが頭に浮かぶ。


「……ブースを見つけた瞬間から『冒険の追体験』を演出できる?」


 天宮は少し驚いたあと、ぱあっと顔を輝かせて「はいっ」と頷いた。正ルートせいかいだったらしい。


「なるほど、確かにな。初見の印象は大事だし……って、何にやついているんだ」


「え? へへへ……ゲーマーズテレパシーだなって……」


 バインダーで緩んだ口元を隠す天宮の言葉に、浬は首をひねる。


「なんだそれ。何かのゲームの技名か?」


「属性が〈ゲーマー〉のキャラ同士でしか使えない特殊スキルです。今考えました。それと話は変わるんですけど、この間はみんなの前で浬くんって呼んじゃってごめんなさい」


「本当に話が変わりすぎて思考ローディングが追いつかないんだが」


「なかなか、この話をするタイミングがなくて……」


 悪いことをしているわけではないのに、思わず人目を気にして周りを見回す。幸い近くには誰もおらず、聞き耳を立てている様子もない。あるいは、天宮もそれを確認して話を切り出したのかもしれない。


「別にいい……っていうか、なんで口調と呼び方がころころ変わるんだ」


「う……だって、仕事の時はさすがにタメ口じゃ……」


 居心地悪そうな顔の半分以上をバインダーで覆い、天宮は口ごもった。しかしその反論をロンパするのは簡単だ。


「俺に対して敬語なのは雪平だけだろ。他のやつらは敬語どころか〝浬ちゃん〟呼びだぞ」


 別に気にはしていないというのも本当だが、こうして口にするとちょっと悲しくなる。いくら何でもプロデューサーとしての威厳値が低すぎやしないだろうか。どう考えてもステ振りをミスっている。


「急に接し方が変わったら、みんなびっくりするかなって……だから自制してたのに、何でかこの間は……い、勢い余っちゃって、つい」


 いよいよ天宮の表情は完全にバインダーで隠れてしまった。かろうじて見え隠れしている耳は赤い。浬は言葉を探すが、見つけるより先に「あの、久城さん」と背後から呼ぶ声がする。


「ぬわぁあっ!」


 自分が呼ばれたわけでもないのに驚いたらしく、天宮はいつもの悲鳴を上げた。話しかけた本人、雪平も目を大きく見開いたまま硬直する。


「…………」


「あ、わっ、の、ノラちゃんごめん! えと、久城さんに相談だよね? ごゆっくり!」


 アワアワと慌てながら、天宮は大急ぎでブース裏に姿を消した。取り残されたふたりで、顔を見合わせる。


「すみません、お話の途中でしたか? 後でも良かったんですけど」


「……えーと、いや、大丈夫だ。多分……」


 何が大丈夫なのかと、頭の中で自分に問いかける。言いたいことはあるのに、それをうまく言葉に出来ないもどかしさ。選択肢さえ思い浮かばないときには、いったいどう言葉にすればいいのか──……





 などと、うだうだ考えている余裕は無かった。

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