◆



「そこの旅人さん! もしかして、七つの星の道しるべルミノクスをお持ちですか?」


「ひゃいっ?!」


 じーっと地図とフライヤーを見比べていた女は、突然声をかけられて妙な声を出した。恥ずかしく思いながら振り返ると、そこにはくすんだ色のフードを目深にかぶった人物が立っていた。声は女性のようだが、何かのコスプレだろうか。


「わわ、私のことですか? えぇと、七つの星の道しるべルミノクスはさっき七つ揃えたところで、でもブースの場所が分からなくて……この辺りだと思うんですけど」


「迷ったときには空を見上げるのです。西に浮かぶ黄金の月が導いてくれるでしょう」


 そう言って、フードの人物は祈るように両手を胸の前で組み、天を仰ぐ。その視線を追って見上げると、ちょうど天井部分に丸い照明があった。


「あ。あの照明の下、ってことか。行ってみます、ありがとう」


 礼を言うと、そのひとは微笑みながらフードを取る。露わになった姿に、女は思わず叫んだ。


「うそっ、ルーナ?!」


 まさに画面の中から飛び出してきた、と言っても過言ではないほどに〝ルーナ〟そっくりの女性がそこに立っていた。〝ルーナ〟は穏やかに微笑む。


「あっ、見て! 亜音様がいる!」


 周囲が騒がしくなり、ようやくその人がSNSで話題のコスプレイヤーだと気付いた。邪魔にならないよう、他の来場客に囲まれ始める〝ルーナ〟こと亜音から離れ、その場を後にする。直後、入れ替わるようにしてアスクロのスタッフが亜音の元に駆け寄った。


「亜……ルーナ、付き添いなのに離れてごめんなさい! 別のお客さんの案内に手間取っちゃって。大丈夫でした!?」


「えぇ! おひとり案内しました。もう七つの星の道しるべルミノクスを七枚集めていましたよ」


 こそっと耳打ちされて、アスクロのスタッフ──宇佐見梓は、ブースのほうへ向かっていった女性の後ろ姿を見やる。そして、小さく首を傾げた。


「……あれ?」





──……




「旅人か……」


 なんだかくすぐったい呼び方だ。でも、なんだろう。不思議なほどワクワクする。こんな気持ちになれたのは本当に久しぶりのことだ。


 旅人は足取り軽く、〝ルーナ〟が黄金の月と称した照明の下へと向かった。


 隣のブース──DIVINEディヴァインの舞台目当てに立ち並ぶ客によって隠れていたが、確かに小さなブースがその奥にある。


 遠くから見ると本物の洞窟のようで、思わずギョッとした。しかし、よく見てみると石壁だと思ったのはカーテンの柄だ。蔦や苔まで描かれており、DIVINEディヴァインの舞台によって出来た暗い影が上手く作用し、密やかで神秘的な雰囲気を演出している。


 偶然なのだろうか。もし計算されてのことであれば驚くべきことだ。


 想像以上にたくさんの人で出来ている待ち列に並び、ようやく入り口までたどり着く。受付のスタッフはハッとしたように旅人の顔を見たが、何も言わず笑顔で「気をつけていってらっしゃい」と送り出してくれた。


 数組が同時に入り、体験できる作りのようだ。隣同士はパーティションで仕切られており、台に置かれていたヘッドフォンを事前に案内を受けたとおり装着する。


 しばらくすると、ふっとブース内の照明が落とされた。本当に洞窟にひとりぼっちになってしまったかのように感じて思わず周りを見回すと、目の前のスクリーンに映像が浮かび、ヘッドフォンから声が聞こえてきた。


 アストラ・クロニクルの主人公。星剣を携え星々を巡り、運命に立ち向かう少年。


 アストラの声だ。




 ──七つの惑星を巡る僕との冒険を、君はどこまで覚えているだろうか。

 ──七つの惑星を巡る君との冒険は、僕に七つの光をもたらした。

 ──正義。信念。知恵。絆。勇気。希望。そして愛。

 ──再び旅立とう、七つの星の輝きとともに。

 ──まだ見ぬ無数の光が、僕と君を待っている。




 そんな独白から始まったのは、冒険だった。旅人はアストラに誘われ、宙へと招かれる。


 星の危機。運命の刻。星剣の軌跡が視界に広がる。


 非常にシンプルだ。BGMやボイスを聞いて、物語をムービーで観る。ただそれだけ。


 しかし、それらひとつひとつが丁寧に、精緻に作り上げられていることはすぐに分かる。さらにそこへ様々な工夫が加わって、極限までリアリティを引き出していた。


 そう。まるで、自分も冒険しているかのように。


 歪む視界の中で『答えは既に、君の手に』という文字が浮かび、冒険は幕を閉じた。照明が戻り、周りの来場客が一気にざわつく。


「え、えっ、最後の何?!」


「わかんねぇ。でも途中ヒントっぽいのがあったような……えーっと、確か……」


「っていうか良かったよねぇ。ちょっと感動したかも!」


 旅人は足早にブースを出た。出口には幾つかの読み取り機械が並んでいる。しかし、その前を横切って、出口で案内をしている女性スタッフに声をかけた。


「……すみません。答えは、七つの星の道しるべルミノクスの七つ目……で合ってますか?」


「あ、答えが分かった方は七つの星の道しるべルミノクスをあの機械かざし──……」


 タブレット端末から顔をあげた花里椿の表情が、一瞬にして驚きに変わって。


 震える唇が、旅人の名を紡いだ。

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