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 ――そんな期待は、すぐに萎んでしまった。


「まだカウンター回っているわね」


「SNSでも、スクショあげてくれてる人けっこういるよー!」


 終業間際。すっかり緊張が解けた様子で談笑するメンバーの中、浬だけは、心臓に剣を突きつけられたような心地で売上げモニターを見つめていた。


 初速を見れば、大体の売上げ予測を立てることが出来る。最近のアスクロの成績と並べれば、頭ひとつ抜きんでている数値だ。しかし、


(……足りない)


 これでは、単月の売上目標なら何とか越えられるといった程度。残りのイベント規模を考えても、第2四半期の目標を超えるのは難しい。他のメンバーはイベントの成功を純粋に喜んでいるが、売上管理の責を負う浬は焦燥に駆られるばかりだった。


(何かテコ入れを……アイテムセットを追加するか? いや、でも……)


 こめかみのあたりを、ゆっくりと汗が流れていくのを感じたそのとき。


「ユーザーさんたち、海の家を大きく出来てるといいですねぇ」


 隣席の天宮が、ワクワクとした様子で呟いた。売上のことで頭がいっぱいになっていた浬は、その意味をすぐに理解できず反応が遅れる。しかし天宮は気にすることなく、デスクに置いたスマホを眺めながら笑顔で続けた。


「裏メニューのスフィア氷、みんな気付いてくれますかね? 売るだけじゃなくて食べてみてほしいなー。あ、花火のところはぜったい音ありで聴いてほしい! すっごくリアルでしたし!」


 まるで、夏休みの思い出を語る、無邪気な子どものように。


「プレイしてくれた人の、良い夏の思い出になってくれたらいいなぁ」


「…………」


 このイベントが、良い思い出になってくれたら。


 声に出さずにその言葉を繰り返し、しばし呆けたように天宮の楽しそうな横顔を見つめる。


 もちろん浬も、ユーザーが楽しめるイベントを作りたいとは常に思っていた。けれどそれは、そうでないと『売れない』からだ。


 良い思い出になるように、だなんて――イベントが終わったあとのユーザーの感情まで、想像したことはなかった。プレイヤーとしての自分は、色んなゲームから数え切れないほどの思い出をもらっているというのに。


「……俺は、ゲーマー失格だな……」


 思わず小声で零した一言を、天宮は耳ざとく聞きつける。


「どうしたんですか? ゲーマー失格って……好きなゲームの予約でも忘れてたんですか? それともこの間のナンテンドーダイレクトを見逃したんですか?」


「俺はそんなミスはしない……」


「ゲーマーの鏡じゃないですか! 自信持って下さい!」


 謎の励まされ方をして、そして謎に勇気づけられた。


 浬は顔を上げると、メンバー全員に声を掛ける。

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