12
「おつー! ねぇ、星七って電車通勤?」
「もし良ければ途中まで一緒に帰りましょう」
「あっ、はい、ぜひ!」
宇佐見と黒木に声を掛けられ、星七はパソコンの電源を切りつつ応える。花里も含め、彼女たちはみな気さくで優しくて、今日が初出勤の星七を何度も気遣ってくれた。良い先輩たちに恵まれたことを感謝しつつ、星七はちらりと久城浬の席を見る。
彼は外部の開発会社とウェブ会議中らしく、かれこれ一時間以上パソコン画面に映る技術者たちと話し込んでいた。
「――……はい、先日リリースした機能です。ユーザー様から問い合わせが――えぇ、特定の端末で起こる現象のようで――ですから、再発防止策を――……」
ところどころ聞こえてくる会話。何か手伝えることはないかと思わず思考を巡らせるが、まだ本格的に仕事を始めたわけでもない星七が戦力になるわけもない。それに、新入社員には入社してから一ヶ月の間、残業させてはならないという社内規定があるそうだ。
ふと、浬と目が合った。ひらひらと手を振られて、星七は慌てて会釈する。
何も出来ないのなら、残っても邪魔になるだけだ。
「浬ちゃんはやっぱ今日も残業か。星七の歓迎会をお昼にしておいて良かったよー」
エレベーターに乗り込むと、宇佐見はスマホを触りながら溜息交じりに言った。画面の中で、アイ☆スタのSDキャラたちがレッスンを受けている。
「久城さん、毎日残業してるんですか?」
気になって尋ねると、黒木がこくりと頷いた。
「ほとんどね。でないと仕事が回らないんだと思うわ」
「プロデューサー、ディレクター、プランナーをひとりでやってんだもん。ほんと、仕事の鬼!」
「手伝おうにも、私や梓には出来ない仕事ばかりだしね」
「シナリオとイラストだからねー。でも、星七が来たんだもん。浬ちゃんもきっと楽になるよ!」
「だといいんですけど……! まだレベル1なので、周回して強くなって、早くお役に立てるように頑張ります!」
「あははっ、じゃああたしと夢実はサポーターとして参加したげる! システム周回!」
「梓がサポーター? どちらかというと単体アタッカーっぽいわよ」
「えーそう? 夢実は多分あれだよね、毒付与してくるタイプ」
「そこは呪いにしてちょうだい」
呪いがいいんだ……と思いつつ、星七は自分がRPGの世界に入ったらどんな役職だろうと想像する。魔法使い? 踊り子? 吟遊詩人? 色々考えたけれど、どれもしっくりこない。
――向いているかは分からないけれど――いや、向いていなくても、やっぱり星七は勇者になりたいと思った。剣を片手に誰かの世界を救う、その中心に立っていたい。
エレベーターがエントランスホールに到着し、オフィスビルを出る。時刻は十八時十五分。ビルと駅を繋ぐ通路から、うっすらと暗くなった空が見える。その中に浮かぶ小さな星を探して、星七は目を細めた。
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