第61話 焼肉


「さぁ、今日は俺の奢りだ。好きなだけ食べてよ」


 俺は十六夜と共に焼肉食べ放題のチェーン店に来ていた。


「本当にご馳走になっていいの?」


「うん。初給料も入ったし、彼氏として当然だよ」


「そう。ならお言葉に甘えて今日はいっぱい食べるよ」


「どうぞ、どうぞ」


 十六夜は注文する電子パネルを取り、ピコピコと注文する。


「あ、ゆうくん。嫌いなものってない?」


「なんでも大丈夫だよ」


「そう。ならこれも頼もうっと」


 注文してからすぐにテーブルには溢れかえってしまう。


「頼みすぎじゃない?」


「さぁ、気合を入れてジャンジャン焼くわよ!」


 十六夜は闘志を燃やしていた。

 焼き始めたら十六夜の食のペースが進む。

 そういえば十六夜って食べる時は食べるんだよな。


「ゆうくん。箸が止まっている。冷めちゃうよ?」


「あぁ、ごめん」


 制限時間は2時間制だ。時間を気にしながら食べ進める。


「実はね。焼肉って聞いて昨日から食べていないんだよね」


「え? そうなの?」


「どうせなら元を取りたいじゃん?」


「俺は普通におやつまで食べちゃった」


「ダメだな。元取る気ある?」


「多分取れないかも」


 手と口を動かしながらも十六夜には余裕を感じられる。


「そういえばバイトの方は順調?」


「うん。仕事は楽じゃないけど、自分に合っているって感じだよ。それに趣味が合う人もいるからそれなりに楽しい」


「……それって女の子?」


「まぁ、そうだけど。あ、別に変なことはないぞ。普通に趣味の話が合うだけだから」


「何を慌てているの? 別に信用していないわけじゃないから安心して」


「十六夜の言い方って威厳があるというか、攻められている感じがするんだよな」


「そうかな? 別に普通だと思うけど。ゆうくんはお腹、何分目?」


「八かな」


「ギリギリじゃない。私は六かな」


「それだけ食べてまだ余裕があるんだ。やっぱりご飯抜くといいのかな?」


「多少は効果あると思うよ」


 デザートに入った俺に対して十六夜はまだ肉を食べている。

そして残り時間は十分に差し掛かり、ラストオーダーを迎える。


「二時間ってやっぱり早いね。全然ゆっくりできないや」


 十六夜はカルビとアイスを頼んでラストオーダーを迎えた。


「よく食べたね。そんなに食べて太らない?」


「普段、そんなに食べていないから大丈夫。こういう時しか私、食べないよ」


「へーそうなんだ。まぁ、普段からそんなに食べていたら胃がもたないか」


 会計のタイミングになり、俺は財布を取り出す。

 一食で五千円は大きな出費だ。だが、今日は特別。十六夜に奢ったというのが大事なのだ。支払いを終えた俺はぽっかりした感覚になった。

 五千円もあればゲーム買えるんだけどな、と。


「ご馳走様。今度は私が奢ってあげるね」


「いや、いいよ。俺がそうしたかっただけだから」


「じゃ、今度は割り勘で美味しいところに行こうよ」


「そうだね。またいい店探してみる」


 十六夜との楽しいひと時が終わろうとしていた。

 食べ放題の後は何故か、胃がムカムカする。というより背徳感に襲われる。よくわからないが、ちょっとした後悔のようなもの。


「ねぇ、キスしようか?」と十六夜は帰り際に提案する。


「キス? 焼肉臭いよ?」


「会計の時に貰った飴を食べないからだよ。私は気にしないからおいで」


「うん」


 チュッと十六夜とキスを交わす。レモン味だ。


「じゃ、今日はありがとう。また遊ぼう!」


「うん。気をつけて」


 十六夜は笑顔で手を振って去っていく。

 相変わらず可愛い。この幸せはいつまでも続いてほしい。




 帰宅後、家の門を開けた時である。


「遅かったね」と、俺は声を掛けられる。


 朱莉ちゃんだ。俺の帰りを待っていた様子だった。


「朱莉ちゃん……」


「葵お姉ちゃんに関する新たな情報が入ったんだけど、聞く?」


「勿論だ。聞かせてくれ」


「ここじゃ目立つから中に入れてもらえる?」


「入ってくれ」


 俺は朱莉ちゃんを家に上げた。

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