第23話 深夜の吐息

 

 朝比奈さんと夜桜さんと同じ屋根の家で一晩明かすことになった。

 風呂上がりにもう寝ると二人に告げた俺は両親のベッドに身を潜めた。

 この日は両親ともに泊まり込みの仕事な為、帰ってくることはない。

 たとえ間違いに走ったとしても止めるものは誰も居ない。


「眠れない……」


 自分のベッドではないからか。

 いや、隣の部屋で美少女が二人いることへの意識だろう。

 ゲームの音が微かに漏れていることから少なくとも夜桜さんはまだ起きているのだろう。


「考えても仕方がない。目を瞑れば自然と寝るだろう」


 それから俺は心地よく夢の中へ消えていた。

 だが、ある気配から一気に現実へ引き戻された感覚で目を覚ます。

 俺の布団がめくられたのだ。


「……?」


 夢か現実か判断が付かない中で俺はぼやけていた。

 次の瞬間、スッと何者かが布団の中に入ってきたのだ。

 甘い香りにスベスベの肌が俺の背中に張り付く。


(……え?)


 朝比奈さんか夜桜さん。どちらか分からないが、俺と添い寝の形になっていた。

 二人で寝ていたはずなのにどうして俺のところへ潜り込んで来たのだろうか。

 やばい。寝たフリを続けるべきか、それとも起きていることを相手に伝えるべきか。

 それにしてもどっちだ?

 いや、どちらにしてもいいのか。俺たちは友だち同士だ。

 俺は体を拒めて寝たフリを続ける。

 だが、相手は手を回して離れようとしない。


「……フゥ」と相手は俺の耳元に息を吹きかける。


 ゾクゾクした感覚が耳から伝わり、身体を震わせた。

 誰だ。夜桜さん? いや、夜桜さんはこんな積極的ではないはず。

 と、なれば消去法で朝比奈さんだろうか。

 確かにこれまで不可解な色仕掛けをしてきたことを考えると十分に考えられる。


「はむ」


「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 耳を甘噛みされたのだ。

 不意打ちの攻撃に俺の背筋は一気に伸びた。いや、背筋ではなく別のところが伸びたのかもしれない。

 自然と俺の呼吸は乱れていく。

 どちらにせよ。いいんだよな? 仕掛けてきたのが相手だと理由を付けてしまえばもう何も恐れることはない。

 このまま振り向いて思うがままにしても問題ないということになる。

 欲望に溺れるか、紳士を貫くか。

 そんな大事な場面なのに俺はかなり勿体無いことをした。

 いつの間にか眠りに落ちていたのだ。

 目を覚ました時には窓から漏れる陽の光によって朝だと気付いた。


「……夢? いや」


 俺の背中には吐息を立てる女の温もりを感じる。

 朝比奈さんか夜桜さんがまだ寝ていることになる。

 昨日はその正体に気づけなかったが、今ならこの布団を捲れば分かる。

 誰だ。そう思い、俺は勢いよく布団を剥ぎ取った。


「……なっ!」


 その正体に俺は驚愕した。

 そこには安らかな顔で眠る葵の姿があった。


「葵? まさか」


 俺は寝室を出て自分の部屋に向かう。

 そこには朝比奈さんも夜桜さんも居ない。

 居ないどころか今まで居た形跡が一切なかった。

 鞄も靴もゴミも全ての痕跡がない。

 帰った? 何も言わずに?

 そう思ってスマホを確認すると『帰るね』と一言、夜桜さんから通知が来ていた。


「軽っ!」と思わず俺は声を漏らす。


「それにしても……」


 俺は良い気分になっている葵を起こしにいく。


「起きろ。葵!」


「ふにゃっ! 何? 何で優雅が私の家にいるの?」


「逆だ。お前が俺の家にいるんだよ」


「え? どういうこと?」


「こっちが聞きたいわ!」


 結局、深夜の正体は分からず現実か夢かも判断が付かなかった。

 それに何故、葵が俺の家に転がり込んでいるのかもっと分からなかった。

 幸いなことに葵と朝比奈さん、夜桜さんと鉢合わせしなかったことが幸を呼ぶ結果になる。


「やば! 今、何時? 今日は大事な試合の時間だよ」


 葵は自分の状況よりも先のことを気にして出ていってしまう。

 慌ただしさが過ぎ去り、俺は平穏な休日が始まろうとしていた。


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