第35話 逃走の先
河川敷の橋の下に避難した俺たちは息を切らしてようやく葵の魔の手から解放される。
「はぁ、はぁ、はぁ。夜桜さん。大丈夫?」
「うん。久しぶりに全力で走ったよ。それよりも全部バレちゃったね」
「まぁ、こうなることは想定しながら友だち関係を続けていたんだ。その時が遅かれ早かれ来たってことさ」
いつか来るものがたまたま早いタイミングで来ただけ。そう思う他なかった。
荒い呼吸を整えて冷静になったところで夜桜さんはふと、ぼやくように聞いた。
「それよりこれからどうするの? バレたからにはもう友だち関係は続けられないと思うけど」
「確かに葵には騙すような形で夜桜さんと友だちを続けたけど、俺は何も悪いことをしていない」
「開き直るってこと?」
「確かに葵の愛情は痛いほど伝わるよ。本当に俺のことが好きなんだなって行動を見れば分かる。開き直るわけじゃないけど、そもそも俺って誰とも付き合っていないんだよな。改めて思えば」
「ぷっ。確かに。それは言えているかも」
夜桜さんは吹き出すように笑う。
「今考えてみれば夜桜さんと友だちになれたことって奇跡だったと思う」
「どういうこと?」
「俺に友だちが出来なかったことって葵が原因なんだよ」
「どういうこと?」
「葵は俺に関わろうとする全ての人を強制的に退けてしまうんだ」
「退けるってどうしてそんなことを」
「葵の独占欲が強いってことだよ。他の人に関わって欲しくないって願望があるんだろうな。その中で夜桜さんが葵の独占欲を掻い潜って俺と友だちになれたことってある意味、奇跡なんだぜ?」
「そう。そう言ってくれて私も嬉しいよ。高峰くんと友だちになれてから私、結構楽しいんだよね」
俺が本音を言ったからだろうか、夜桜さんは素直な感情を言葉に出していた。
「夜桜さん……」
「私、決めたよ」
「え? 決めたって何を?」
「栗見さんの独占欲が強いことはよく分かった。だからそれに対抗しようと思うの」
「対抗って?」
「私、本当は隠れてコソコソってあんまり好きじゃないの。でも、これからは逃げも隠れもせず正面から戦おうと思うの」
「正面ってつまりそれって……」
「うん。私と正式に付き合ってみる?」と夜桜さんは提案した。
「え?」
「さっきの続きじゃないけど、この中途半端な関係に終止符を打ちたいの。だから私と付き合おう。それしかないと思う。栗見さんに対抗する唯一の手段って」
「夜桜さんはそれでいいの?」
「勿論。でも栗見さんはたった一人の幼馴染。そこは幼馴染として大切にしてね。私もだけど。それが今の高嶺くんに出来る?」
「正直、不安だよ」
「正直か」
「だって俺、葵以外の女の子って絡みがなかったわけだし」
「なら私をもっと知っていけばいいじゃない。私を攻略してみせてよ」
攻略ってゲーム感覚でするものではないが、夜桜さんとは日頃からゲームでコミュニケーションをとっているようなものだ。悪い例えではない。
「じゃ、遠慮はしないぞ」
「受けて立つ」
夜桜さんと拳と拳を合わせた。
葵という幼馴染から隠れることをやめて真っ向勝負で立ち向かう決意を固めた。
それは簡単なことでない。むしろ険しくて困難な道のりかもしれないけど、二人でなら立ち向かうことは苦ではないだろう。そう、誓い合った。
「はぁ、なんか嘘みたい。私たち、恋人なんだ」
「はは。俺も夢みたいな感覚だよ」
「なら現実であることを実感しようか」
「え?」
夜桜さんは俺の胸の中に飛び込んだ。
ギュッと腕を背中に回されて夜桜さんの温もりを感じた。
「どう? これは夢か現実ならどっちだと思う?」
「夢。いや、現実だよ」
「良かった。私も同じ感覚だよ」
それから長い時間、俺と夜桜さんはハグを続けた。
それが二人にとって現実であることを実感させる時間だった。
「じゃ、私はそろそろ帰るから。あとのことは二人で乗り越えようね」
「うん。ありがとう。夜桜さん」
「また、明日」
夜桜さんは背を向けて帰っていく。
そう、このハプニングで俺と夜桜さんは恋人関係になったのだ。
そして忘れない日になった。
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