第34話 修羅場
俺は外に駆け出した。夜桜さんのピンチだ。
考えてみれば帰る時間帯を考えたら葵と鉢合わせることは想定できた。
それなのに俺はその想定が頭から離れてしまっていた。
思わぬ凡ミスに冷や汗が止まらない。
考えても仕方がない。起こってしまったものはどうにならない。
今はその場を収めることが先決だった。
「絶対に許せない。私の優雅を取らないで」
葵は手を大きく掲げた。
そのまま夜桜さんの頬に目掛けて振り下ろした直後、俺は盾になる。
パチンッと鮮明な音と共に俺は葵からビンタを食らう。
葵のビンタは強烈だが、痛がる様子を見せられなかった。
「優雅?」
「高嶺くん?」
俺の登場で葵と夜桜さんの動きが止まる。
「……葵。今、何をしようとした?」
「優雅。何で? どうして私より十六夜ちゃんを庇うの?」
「お前が手を上げようとするからだろ」
「ちょっと待ってよ。それよりもいつから? 私に隠れて二人はそう言う関係になっていたってこと?」
「違う。俺たちまだそう言う関係じゃない」
「何が違うのよ。私と言う幼馴染が居ながら何が足りないって言うのよ」
「落ち着け。そうカッカしても話にならないだろ」
「これが落ち着いていられるか!」
葵は興奮状態だ。無理もない。一度に情報量が多すぎる。
「葵、話を聞いてくれ」
「私はイザヨイちゃんと話しているの。優雅はすっこんで」
「葵!」
「高嶺くん。ここは私に任せて」
夜桜さんは俺の肩に手を置いて前に出た。
「夜桜さん?」
その自信はどこから来るのだろうか。今の状況を止められるとは思えなかった。
「聞いて。栗見さん。結論から言えば私たちはまだそう言う関係ではなく友だちなの」
「友だち?」
「えぇ。今は友だちだけど、そう言う関係になり得る仲でもあるってこと。ここまで言えば分かるよね?」
夜桜さんは任せてと言いながら誤魔化すことはせず、正直な発言を放った。
それが正解なのか不正解なのか葵次第だろう。
「ふーん。そう、私に隠れて仲良しごっこをしているのは認めるってことなんだ。だったら許せない」
ゆらりと葵はカバンを置いて自慢のラケットをカバーから取り出した。
「葵? お前、何をしようとしているんだ?」
葵はポケットから取り出した軟式ボールを地面に叩きつけてサーブの構えを取る。
おい、おい、おい。嘘だろ。そんなことしたら傷では済まないぞ。
「地獄に墜ちろ!」
葵のサーブが夜桜さんに向かってボールが飛んでくる。
葵のコントロールは完璧だ。
「くっ!」
俺は自分の背中を丸めて夜桜さんの盾になった。
「高峰くん。大丈夫?」
「問題ない」
「優雅。私より十六夜ちゃんを庇うんだね」
今の葵は何を言ってもまともに話を聞いてくれるとは思わなかった。
いや、まともに聞いたところで俺たちの関係に納得してくれるとは到底思えない。
だったらここでの選択は一つしかない。
「夜桜さん。走るよ?」
「え?」
俺の背中に強烈な痛みを感じたが、何とか耐えつつ、その場を離れる。
そう、ここは一先ず逃げることだった。
「待て! 優雅」
葵は逃げる俺たちを追いかけた。
だが、振り返ったり立ち止まったりすることなく俺は夜桜さんと共に走り続ける。
葵のサーブとコントロールは完璧だが、的が動くのであればそう簡単に当てることは出来ないだろう。
それにボールのストックにも限界がある。謎の鬼ごっこが繰り広げられた。
逃げることで何一つ解決には繋がらないが、冷静になる時間を作れることは大きなメリットになる。
「優雅! 十六夜ちゃん。絶対に問い正してやる」
葵は短距離が得意だが、長距離になれば話は別。
対して俺は長距離なら対抗できると踏んでいた。
「高峰くん。この後はどうするの?」
「さぁな。あとは運に任せろ」
「運って本気?」
運で振り切れるほど、葵は単純ではない。
走りながら俺はしっかりと計算していた。この道へ進めば信号で足止めできる。
巧みな移動経路を駆使して俺は葵の追跡を振り切った。
何とか逃げ切ったんだ。あの葵から。
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