第36話 待ち受ける幼馴染

 

 家に帰る頃にはすっかり陽は暮れていた。

 葵は家に帰っただろうか。それとも未だに俺を必要以上に探し回っているのだろうか。

 外から葵の部屋を覗くと部屋の明かりは消えていた。

 自室にはいないということは帰っていないのか。

 考えるのが怖いが、俺はこっそりと自分の家に帰り、自室へ繋がる階段に向かう。


「あら、優雅。おかえり。ご飯できているけど」と母親はリビングから声をかける。 


「ごめん。食欲ないんだ」


「そう。好きなタイミングで食べてね。それと……」


「ごめん。疲れているから」


 母親に無愛想な態度をとってしまうが、今は一人になりたかった。

 少し、気持ちの整理が必要だった。

 複雑の心境の中、自室の扉を開けた直後である。


「おかえり。待っていたわよ」


「あ、葵?」


 そう、葵は俺の部屋で待ち構えていたのだ。腕を組み、仁王立ちで。


「待ち伏せかよ」


「さて、さっきの話の続きをしようじゃないの。たっぷりと時間を掛けて。ねぇ?」


 どのみち葵の存在から逃げることはできない。これも時間の問題だった。


「そこに座りなさい。優雅」


「は、はい」


 俺の部屋なのに葵に主導権を握られている気がする。

 葵はベッドに腰を下ろし、俺は硬いフローリングに正座をさせられた。

 立場は完全に逆転する。


「さて。まずは私に対して言うことがあるんじゃない?」


「その、悪かったよ」


「何が? ちゃんと何が悪かったのか文章にして言ってよ」


 肉体的な攻撃から一変、葵は精神的な攻撃へ変換して俺を追い詰めようとする。


「葵の知らないところで夜桜さんと仲良くしていたことに対して悪かったよ」


「うん。それで? 楽しかった?」


「え?」


「今日だけじゃないんでしょ? 何回も家に出入りするような仲だったんじゃないの?」


「それはそうだけど」


「別に私は怒っている訳じゃないんだよ。優雅のことをきちんと理解したいだけなの。勿論、幼馴染として」


「明らかに怒っているように見えますけど?」


「まぁ、怒っているわよ。私より十六夜ちゃんを庇うような態度をされて悔しいもの」


「あれはお前が暴力を振るおうとするから仕方なく」


「そうさせたのは誰が原因かな?」


「お、俺です」


「そうだよね。何で隠すような真似をするかな。素直に言ってくれれば私だって怒らずに済んだのに」


「お前、俺が女の子と仲良くしたらその相手を完全に退けるだろ。今までだってそうじゃないか」


「それはそうでしょ。だって私は勝確の幼馴染なんだもの。優雅に寄り付く悪い虫は排除しなくちゃ」


 やっぱりこいつの本性はこれだった。

 葵がいる限り、俺に平穏な交友関係は出来ないことを意味している。


「お前がそう言うことをするから黙っていたんだ。それが分からないのか」


「やっぱり優雅にとって私は幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもないってことなんだね」


 泣くのか。泣き落としか。そんなことが頭をよぎったが、葵は足を組んだ。

 表情は依然と険しいままだ。


「優雅。私のこと、嫌いでしょ?」


「そんなことはない。いつだって俺はお前の存在には感謝している」


「へー。本当かな。十六夜ちゃんの方が大事なんでしょ?」


「当たり前だ。つい先ほど、俺たちは正式に交際を始めた。だから大切に思うのは当然だろ」


 言ってやった。葵の前で夜桜さんと交際していることをハッキリと。


「負けヒロインと付き合うんだ」


「夜桜さんは負けヒロインじゃない」


「どうだか。まぁ、好きにしたら? これもイイ経験になると思うし」


「いいのか?」


「負けヒロインと付き合うことで私の魅力がより引き立つなら大賛成。最後に勝つのは私だからそれまでの過程をどう過ごそうと関係ないよ」


「お前、自分で何を言っているのか分かっているのか?」


「勿論。私、考えたんだよ」


「何を?」


「優雅が私しか眼中にないようにする、とっておきの方法だよ」


「は? そんな都合よく出来るわけ……」


「押してダメなら引いてみろ」


「何を言っているんだ」


「夜桜十六夜でも他の女の子でも好きに付き合いたければ付き合えばいいよ」


「急にどうした? さっきまでと言っていることが違うぞ」


「考えたの。今までの私ってずっと押してばっかりだったから逃げちゃうんだって。人は迫るものより追いかけたい生き物なんだよ。だからここから押すのをやめて引いてみることにした」


「つまり、お前の全力で阻止する展開はやめるってことか?」


「うん。やめる。でも諦めたわけじゃないよ。最後は必ず私しか見えないようにしてあげる。勝確の私の勝利に揺らぎはない。それだけは譲らないから」


 かなり自信満々の発言をする葵。一体、何が狙いなのだろうか。


「じゃ、お幸せに。十六夜ちゃんとイチャイチャシコシコパンパンするといいよ」


「お前、その言い方やめろ」


 それだけ言い残した葵は俺の部屋から去っていく。

 荒れると思ったが、葵はあっさりと帰っていく。

 今まで考えられない行動が逆に怖い。

 それから葵と俺との関わり合いは最低限のものとなり、新たな日常へと変わることになる。




ーーーーーーーーーー

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※※お知らせ※※

この話で第一部の完結です。

この続きは構想中もあり、出来次第不定期で載せます。

投稿頻度が遅くなりますが、今後も応援して下さると幸いです。


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