第37話 呼び方

 

 俺はクラスで二番目に可愛いとされる夜桜十六夜と付き合っている。

 最初は隠れながら付き合っていたが、見る人から見れば付き合っていることが分かってしまうほど、俺たちの仲は親密なものになっていた。


「高嶺くん。今日は家に行っていいかな?」


「いいけど、ここのところ毎日じゃない?」


「いいでしょ。私たち付き合っているんだから」


 夜桜さんとそんな甘い会話ができるなんて夢のようだった。

 今までは葵にマークされていたから思うように遊べなかったが、今となってはいつでも自由に遊べる仲になっていた。

 それは喜ばしいことなのだが、あれから葵は嘘のようにパッタリと俺に近づかなくなった。無関心というか、冷めたというか、俺に対しての感情を示さなくなったのだ。

 嫌いになったのか? 確かに隠れて夜桜さんと仲良くしていたことを知って嫌いになるのも不思議ではない。

 しかし、今まで四六時中べったりだった葵が急に距離を取るようになるなんて考えられなかった。何か裏があることは間違い無いのだが、その真意を知るすべはなかった。


「なぁ、葵。この間、見たテレビ何だけど」


「ごめん。私、お手洗いに行くから」


 俺から喋りかけても葵は何かと理由を付けて離れていく。

 一体、どうしてしまったのだろうか。逆に心配になるレベルだ。

 勿論、そのことに関して夜桜さんには相談している。


「ふーん。あの栗見さんが無関心……ねぇ」


 夜桜さんは俺の部屋で寛ぎながらお菓子をつまむ。


「あぁ、俺何かしたかなってくらいに無関心が怖いんだよ」


「何かしたってこの状況を見れば充分したでしょ」


「そ、それはそうなんだけど」


「まぁ、そのうち逆恨みで何かされるかもって心配でしょ? 嫌がらせを受けたり、下手したら殺されたり?」


「それは怖すぎだろ。俺、殺されるようなことした?」


「女の私から言わせれば愛っていうのは重ければ重いほど裏切られた時のショックは大きいものだよ。無くはないってこと」


「嫌だな。葵に殺される最後は」


「いや、多分高嶺くんは何もされないと思うよ。されるとしたら私かな?」


「は? 何で夜桜さんが?」


「栗見さんの今までの言動を見ていくと高嶺くんでは無く近付く女の子を退くパターンが主流だったんでしょ? だったら今、高嶺くんと付き合っている私が排除されるべき対象じゃない? つまり、殺される可能性があるのは私」


「夜桜さん。それを分かっていて俺と付き合っているの?」


「そういうことだね。まぁ、強いからやり返す自信はあるけど、万が一の場合は高嶺くんがちゃんと守ってくれるでしょ?」


「あぁ、それは勿論」


 夜桜さんは殺されるかもしれない状況の中で俺と付き合っている。

 普通はそんなリスクを負ってまで付き合うことは出来ない。

 それでも付き合うということはかなりの覚悟を持っている。俺はそのことを充分に理解して夜桜さんと付き合っていかなければならない。


「まぁ、先のことを考えてもしょうがない。今は二人の時間を楽しもうよ」


 夜桜さんの爽やかな笑顔が俺を安心させた。

 この関係はずっと続けていきたい。そう、俺は誓った。


「高嶺くん。一緒に対戦ゲームしようよ」


「あ、あの……さ、夜桜さん」


「ん?」


「俺たち付き合っているならさ、そろそろ呼び方変えない? せめて二人でいる時だけでも!」


「……いいの?」


「いいのって?」


「いや、ずっと隠す関係かなって思って呼び方もこのままかなって思っていたから」


「隠すのは変わらないけど、二人の時だけでも」


「そう、なら呼び方……変えてみる?」


 自分で言い出してあれだが、何と呼び合えばいいのだろうか。

 とりあえず下の名前? 十六夜?


「優雅だからゆうくんなんてどう?」


「ゆうくん?」


「いや?」


「嫌じゃないけど、呼ばれたことがなかったから慣れなくて」


「これから慣れていけばいいよ。私のことは好きに呼んで」


「じゃ、いざよい?」


「そのままかよ。まぁ、いいけど。よろしくね。ゆうくん」


「あぁ、よろしく。十六夜」

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