第58話 バイト探し
朱莉が得たノートの写真を見返していた俺はあることに気づく。
「あ、この子。俺に声をかけてくれた人だ」
小学生の時、クラスのマドンナだった女の子だ。
当然、その子は葵の危険人として認定されていた。
対策方法は俺の悪口をひたすら言う。簡単だが、それは思ったよりも応える。
確かにあの子の前で葵は俺の悪口を言い続けていたのは記憶に残っている。
あの時から既に計画は始まっていたのだ。
そして最後のページに差し掛かると今のクラスメイトの情報だ。その中でも朝比奈さんと十六夜は危険人物としてマークされている。
その対策法は喋らせない。喋る隙を与えずに葵が阻止するものだ。だが、それは失敗に終わっている。他にも対策方法はあるのか?
『夜桜十六夜だけは許さない』と丸文字だが、その一文に大きな恨みが篭っているのは字から伝わってきた。
「ん?」
その続きに『対策は別紙にて』と書かれている。
このノートには載っていないってことは別のノートが存在するのか。
朱莉がその『別紙』を入手してくれることを祈るしかない。
「あいつ。ここまで真面目に書き移せれるなら勉強にそれを活かせよな」
この人間ノートだけでもマメであることが伝わってくる。
これは全て俺を独占するための情報源だ。怖いを通り越して呆れる。
「それはさておき。このスッキリした部屋は心細い。バイトを探すか」
と、言っても俺はバイトなんてこれまでしたことがない。
どうしようと悩みつつ、最愛の彼女に相談することした。
そう、夜桜十六夜なら何かアドバイスが貰えるかもしれない。
「え? ゆうくんバイトしたいの?」
「あぁ、何か良いバイトないかな?」
「どうして急にバイトしたいって思ったの?」
「え? いや、将来の貯金のためにさ、今の無駄な時間を有効活用したくて」
適当な理由を述べるが、本当は失われた宝を買い戻すことが目的だとは言えない。
「ふーん。まぁ、バイトは社会経験としてもいいかもしれないね」
「うん。で、どんなバイトがいいかな?」
「私もバイトをしたことあるけど、大したアドバイスは出来ないよ。身内の店の手伝いとか実家の手伝いとかだから参考にならないと思うよ」
「そ、そっか」
「バイトと言えば可憐が詳しいかもしれないね。あの子、しょっちゅうバイトしているから」
「あー確かに。でも、今は喋れないよね?」
「困っているなら相談してみたら? そういうことなら私、目を瞑るから。その代わり浮気しないでね」
「いいのか? 十六夜!」
「そこまで縛るつもりないから」
十六夜の許可を得て俺は朝比奈さんに相談を持ちかけることにした。
「何? バイトを探している?」
「うん。朝比奈さんなら詳しいかなって思って」
「確かに私は色々バイトしてきたよ。コンビニでしょ。ファミレスでしょ。カラオケでしょ。漫画喫茶でしょ。パン屋さんでしょ。ガソリンスタンドでしょ。あと、工場で不良品を弾く作業もやったことある」
「そんなにバイトしていたんだ」
「まぁ、すぐに辞めたものもあれば定期的に働いているバイトもあったり色々しているかな」
「そっか。何か俺に合うようなバイト先、ないかな?」
「高嶺くんがするバイト先かぁ。ないこともないけど、すぐ辞めるようであれば私の印象が悪くなるんだけどなぁ」
「半年は絶対に続ける。だから頼む。俺にバイトを紹介してくれ」
「うーん。分かった。当たるだけ当たってみる。でも期待しないでね。募集しているか分からないから」
「ありがとう。朝比奈さん」
「どういたしまして。ところでさ。私と高嶺くんって今、どんな関係性だっけ?」
「えっと、なんでしょう?」
「私は少なからずまだ友だちだと思っているけど、高嶺くんは?」
「えっと、元友だちかな?」
「なるほど。十六夜に近づくなって言われた?」
「それもあるけど、俺は朝比奈さんがちょっぴり怖い」
「まぁ、あれだけのことをしたから仕方がないか。うん。分かった。バイト先は少し待ってね」
朝比奈さんとの関係性が複雑化した中、それでも相談に乗ってくれることを考えると完全に断ち切れた訳ではない。
俺もまだどこかで朝比奈さんとは友だちを続けていきたいと思っている。
だが、男女の友情を成立させるためには以前、十六夜が言ってくれたことがまさにそれだ。
お互いのどちらかに恋人ができた時点で友だちでは居られなくなる。
どうしても一緒に居たいのなら男女の友情ではなく恋人になる他ない。
今の十六夜とは友情を超えたことで恋人に変わった。
それが自然の流れなのかもしれない。
そして後日。
朝比奈さんの紹介で俺はバイトの面接を受けられることになった。
証明写真を貼った履歴書を持って俺は面接会場に足を運ぶことになる。
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