第57話 思い出を現金に


 葵のスパイとして朱莉と同盟の約束をした俺は頭を悩ませた。

 問題は金だ。三日以内に五万円を用意しなければならない。


「安心してください。頂いた金額分はしっかり働きます。つまり優雅お兄ちゃんの忠実な犬になることを宣言しますよ」


「そうか。期待しているよ」


「あ、家の電気付いている。葵姉ちゃん帰って来たかな?」


 朱莉は窓から自分の家を確認する。


「あの、このことは絶対に葵には……」


「勿論、極秘にしますよ。だって私たちは同盟ですから。でも、忘れないで下さいね。三日以内にお金を持って来なかったらチクりますよ」


「わ、分かったよ。何とか用意する」


「では受け渡しはメッセージでやりとりしましょう」


「分かった」


「ではお邪魔しました。優雅お兄ちゃん」


 朱莉はこっそりと俺の家から出て自然に自分の家に帰った。


 さて。どうしようか。

 葵の情報は知りたいが、金がない。

 デートや飲食代など好き放題していた分、お小遣いは毎月の一万円のみ。

 こんなことになるなら使わずに貯めておくべきだった。

 バイトをするにしても三日で現金をもらうのは厳しいだろう。

 俺は自分の部屋を満遍なく見渡した。

 残された最後の手はこれしかない。

 俺は漫画やゲームなどダンボールに詰めた。

 そう、これらを店に売って現金を得るしか方法がない。


「これしばらく遊んでないから売っちゃうか。う、でもこれは思い出に残る名作だしな。あーこれ好きなんだけどな」


 良心を痛ませながら俺はダンボールにそれらの娯楽を詰め込む。


「今は手放すのが惜しいが、バイトしてまた買い戻せばいいか」


 そんな考えを持って俺は大荷物を抱えて中古店に足を運んだ。

 ゲームソフト三十八本。漫画二百五十冊。ライトノベル百八冊。CD五十二枚。

 家庭用ゲーム機一台。昔遊んだカードゲームのレアカード三百五十枚。

 思い出の品の数々を泣きながら買取カウンターへ置いた。


「お願いします」


「お預かりします。番号札の番号を呼ばれましたらまたこちらへ来て下さい」


「はい」


 三十分後、俺が出した商品の査定が終わる。


「お待たせしました。こちらが買取金額になります。ご確認ください」


 総額五万千三百円。目標金額は達成したが、俺としてはもっと高くてもいいのではないかと悔やむ。


「あの、こちらの金額で買い取らせてもらってよろしいですか?」


「はい。お願いします」


「まいどありがとうございます」


 思い出の品が現金に変わった。そしてこの現金もすぐに失うことになる。

 何だ。この背徳感は。

 部屋の本棚はスッキリしたが、それと同時に俺の心はポッカリと穴が空いた感覚だった。

 本棚の埋まり具合が俺の心埋めていた。

 だが、今は何もない。すっからかんだ。


「う、う、うぅぅぅ!」


 何もなくなった部屋を見て俺は泣いていた。

 情けなくも俺の心は悲しくて堪らない。

 何年も掛けて揃えたゲームや漫画の数々。だがそれらは一日で全て失った。

 正直、馬鹿みたいだが、オタクの俺としてはこの空っぽの状態が何より応えた。

 だが、失ったものはもう取り戻せない。

 だから俺は誓った。


「バイトでも何でもして絶対に買い戻してやる。俺の青春を!」


 馬鹿みたいな決意を固めて俺は朱莉を呼びつけた。

 人目を避けて朱莉は俺の家の玄関先に来た。


「どうも。私を呼び出したってことは例のモノを用意出来たってことですか?」


「あぁ。ホラ。約束のモノだ」


 俺は現金が入った茶封筒を朱莉に差し出す。

 すぐさま朱莉は中身を確認する。


「うん。確かに受け取りました。これでブランドの財布が買えるよ」


「欲しかったものってそれ?」


「うん。いつまでもマジックテープの財布だとダサいでしょ」


「まぁ、そうだね」


「とにかくこれで同盟成立だね。よろしくね。優雅お兄ちゃん」


「本当に頼むぞ。その金は俺の命そのものなんだから」


「お金に困っていたようだけど、どうしたんですか。このお金。まさか悪いことでも?」


「そんなことするかよ。部屋にあった漫画やゲームを売って来た」


「なるほど。それはかなりの決意じゃなかったんですか」


「かなりなんてものじゃない。身を削る思いをした」


「それは大変でしたね。では早速、情報を提供します。葵姉ちゃんの部屋から拝借しました。持ち出し厳禁なので見るか写真に収めるだけにして下さいね」


 そう言って朱莉が俺に差し出したのは一冊のノートである。

 ノートの表紙には『人間ノート』と書かれている。

 表紙からして嫌な予感がした。ノートを開くのが怖いが開かずにはいられない。

 するとそこには過去から現在に至る俺が所属したクラスメイトの個人情報が一人一枚のペースで記載されていた。写真付きでプロフィールや性格など細かい情報が書いてある。

 更に葵の中で危険人物と認識された者は赤文字で『こいつは危険』と書かれた上に対策方法や排除の仕方など細かく書かれていた。


「マジかよ。ここまでするか?」


 俺は葵の真の姿を目の当たりにして絶望した。

 俺を手に入れるために馬鹿なフリをして精密な計画を練っていたのだ。

 ノートの中身を全て写真に収めて朱莉に返した。


「ありがとう」


「じゃ、また情報が入ったら報告しますから」


「あぁ、頼む」


 大金を叩いて得た情報として充分過ぎるものである。

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