第60話 初出勤


「やる内容としてはドリンクバーの清掃と補充。あと、お客さんが帰ったらその場の片付け。あとはお客さんから注文された料理を運ぶこと。作り方は徐々に覚えたらいいからね。他にもシャワールームの清掃やタオルの補充。読み終わった漫画や雑誌を元の位置に戻す。そんなところかな。それと最も大事なことは空気になること」


「空気?」


「漫画喫茶を利用するお客さんは人付き合いを好まない。勿論、すれ違う時とか声を掛けられたらしっかりとした接客が必要だけど、それ以外はあまり関わらないようにするのが正解だよ」


「そうなんですか。まぁ、イメージとしてはそんな感じがします」


「そういうこと。そういう意味では従業員として気持ち的に楽かもしれないね。高嶺くんも接客よりも黙々と仕事をする方が好きでしょ?」


「そうですね。そっちの方が自分に合っていると思います」


「それと漫画は好きでしょ?」


「はい。大好きです」


「良い返事ね。私も結構好き。でも、一つだけ覚えてほしいんだけど、漫画喫茶の従業員は好きなだけ漫画が読めると思うかもしれないけど、読んだりしたらかなり怒られるから注意してね。あと、ドリンクバーも勝手に使うのもダメ」


「勿論、それは肝に命じております」


「よろしい。じゃ、早速清掃活動から始めてみましょうか。お客さんが帰った後の掃除に食べ終わった食器の回収。後、漫画や雑誌を元の場所に戻す。今日はこれを中心にやってみて」


「は、はい」


 桜木さんに一通り、仕事内容を教えられて俺は早速実践する。

 慣れない中、俺は言われたことをただやることで精一杯だった。

 お客さんと関わりが少ないとはいえ、常にやることは溜まっていく。


「あの、桜木さん」


「どうしたの?」


「この漫画は元々どこにあったんでしょうか」


「あぁ、どうしても分からなければそこのモニターから調べて」


「モニター?」


 漫画棚の奥に一台のモニターが備え付けられていた。


「そこにタイトルを検索すると位置を表示してくれるから分かるようになっているよ」


「なるほど。助かります」


 そんな感じで本日の勤務はあっという間に終わった。


「高嶺くん。お疲れ様」


「桜木さん。お疲れ様です今日は指導して頂きありがとうございました」


「いえいえ。これも仕事のうちだから。初日はどうだった?」


「疲れました。でも楽しかったです」


「そう。ならこの先も安心だね。楽しいことが続けるために必要なこと」


「は、はい。あの、桜木さんはここ長いんですか?」


「まぁ、一年ちょっとかな。人に隠れながら仕事がしたかったから私には合っている仕事なんだよね」


「はぁ……」


「何か言いたそうね」


「いえ、別に何でもありません」


「怒らないから言ってみ」


「良いんですか?」


「いいから早く」


「じゃ、一つ。隠れながら仕事がしたいならその派手な頭をどうにかした方がいいのでは?」


 俺は桜木さんのピンクの頭を指摘した。


「ハッキリ言うわね。でもそれは出来ないわ」


「出来ない?」


「私って顔が地味でしょ? せめて髪型だけでも派手にしないと舐められると思うから染めているの」


「顔が地味? 普通に可愛いと思いますけど」


 俺は直感で思った素直な感想を述べた。すると、桜木さんはみるみると顔を赤めた。


「は、はい? 何を言うか。高校生の分際で歳上をからかうな!」


「あ、ごめんなさい。そんなつもりはありませんので」


「まぁ、いいわ。ところで高嶺くん。漫画が好きって言っていたわね。どんな漫画が好きなの?」


「ちょっとマニアックですけど、〇〇とか〇〇とかは好きですね」


「高嶺くん。良い趣味しているじゃない。私も好きよ。その作品で好きなキャラは?」


「勿論、〇〇です」


「分かっているじゃない。そのキャラ好きよ。へーじゃあさ。あのシーンなんだけど」


「あそこ名シーンですよね。人によっては迷シーンなんて言われますけど」


「そうなのよ! 分かる人には分かるって言う作者からのメッセージだと私は思うのよ」


「分かります。意味を知った時は鳥肌が立ちました」


「じゃ、じゃあさ……」


 桜木さんと漫画の話で盛り上がった。

 漫画好きの中でもかなりウマが合うようでその時だけでも趣味が同じであると知ることが出来た。

 ただのバイト仲間から趣味の合う友だちに昇格した瞬間である。

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