第47話 頂上
ハイキングコースを進んでしばらくした頃。
「こんにちは!」
「はい。こんにちは!」
朝比奈さんはすれ違いになった老夫婦に向けて挨拶をした。
それを見た俺は質問する。
「朝比奈さん。知り合い?」
「全然。いや、すれ違った人に挨拶するのは常識でしょ」
「え? 何で? だって街中ですれ違う人にいちいち挨拶しないでしょ?」
「はー。高嶺くんは何も知らないんだね。山とかハイキングだとすれ違った人に挨拶するのは常識。ってかマナーなの」
「そうなんだ。何で?」
「何でってそう言うルールだから。あ、高嶺くん。後ろから来た人がいたら『お先にどうぞ』って言うんだよ」
「あ、お先にどうぞ」
後ろを振り向くと早足で若い男性が迫っていた。
俺たちを追い越してどんどん先に進んでしまう。
「挨拶は自分のため。挨拶って気持ちいいでしょ。たった一言で気分が良くなるならしない方が損だと思うよ」
「なるほど。朝比奈さんがそんなことを言うのは意外だね」
「どう言う意味よ」
「あ、いや。見た目の割にはしっかりしているなって」
「私の見た目がギャルだから不真面目そうってこと?」
「違うんだ。そう言うつもりで言ったわけじゃなくて」
「まぁ、どっちでもいいよ。見た目とのギャップを見せることで高嶺くんの知らない私を知らせてば儲けになるし」
「それもまさか演技じゃないよね?」
「そこまで器用じゃないよ。さぁ、どんどん進むよ。先を越して行った人、もう見えなくなっているよ」
平地や坂道を登り続けることで俺の体力は徐々に減っていく。
それに比べて朝比奈さんはまだまだ余裕があるように見えた。
「朝比奈さん。少し休憩しない?」
「そうだね。じゃ、五分休憩」
適当な岩場を見つけて座り込む。
水を喉に流し込むことで一気に潤った。
「朝比奈さんはこう言う山道は来ることあるの?」
「うーん。小さい頃に何回か。中学に上がってから減ったけどね」
「何で今日は山に来たの? 朝比奈さんのことだからライブやテーマパークのような賑わっているところが合っていると思うけど」
「確かに私ってそういうイメージあるよね。まぁ、そういうところも好きだけど、今日の気分とは少し違うと思ったから」
「違う?」
「人が多くいる場所だと二人での会話があんまりできないじゃない? だから何もないところなら嫌でも会話が弾むと思ったの」
「何だ。そう言うことか。俺としては家でゆっくり過ごす方が好きだけど」
「それじゃデートにならないし!」
「それは冗談。十六夜とのデートの参考にさせてもらうよ」
「私はデートの予習か。別にいいけど。さぁ、頂上までもう少し。先に進もうか。高嶺くん」
「うん。そうだね」
重い腰を上げて先へ進む。
道としては歩きやすく不快になることはなかった。
ただ、登り坂に入ると急に辛さが優ってしまう。
「高嶺くん。大丈夫?」
「大丈だよ。朝比奈さんは?」
「うん。平気。一緒に頑張ろうね」
お互いを励まし合って先へ先へと頂上へ近づく。
辛くて苦しい汗とは違い、気持ちいいと思える汗が流れていた。
「あ、高嶺くん。見えたよ。頂上だ!」
朝比奈さんは急に走り出した。
「朝比奈さん。走ると転ぶよ!」
「高嶺くん! 早く! こっち、こっち」
無邪気に叫ぶ朝比奈さんはまるで子供のようで愛おしかった。
俺は自分のペースで進みながら朝比奈さんの元へ向かう。
「着いたよ。頂上」
展望台から見えるその風景はまさに自然の中とも言える絶景だった。
人の手がまだ加えられていない自然が一面に広がっていた。
「綺麗でしょ?」
「うん。凄く綺麗だ」
「ねぇ、記念写真撮ろうよ」
「え? でも証拠を残す訳には……」
「大丈夫。ネットには上げないよ。これは私だけの思い出の一枚にする。だからいいでしょ?」
「じゃ、それなら……」
インカメラにして俺と朝比奈さんはツーショットを撮影した。
眩しい笑顔の朝比奈さんに対して疲れ切った俺の顔は不釣り合いなものとなった。
それでも頂上から撮った写真は新鮮なものとなっていた。
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