第48話 災難は唐突に


 頂上の景色と写真撮影を堪能した直後、昼食の準備に入った。


「ふふふ。高嶺くんのために腕によりをかけたお弁当を持って来たよ」


 ブルーシートに広げられた弁当にはおにぎりやウインナー、卵焼きなど弁当箱に入っていると嬉しい食材が広がっていた。


「これ、全部朝比奈さんが作ったの?」


「当然でしょ。さぁ、食べて」


「いただきます! 美味い! 何これ」


「当然でしょ。愛情と頂上で食べるスパイスが入っていれば下手でも美味しく感じる」


「いや、普通に美味いよ。ありがとう。こんなに用意してもらって」


「ずっと作ってあげてもいいんだぞ」


 ボソッと朝比奈さんは俺の耳元で囁いた。


「ごほっ! み、水……」


「どうぞ」


 俺は水を流し込む。


「変なこと言わないでくれる?」


「別に変なこと言っていないし。ただ高嶺くんが望むなら作ってあげるよって話」


「いや、そこまで望まないよ」


「あーあ。強がっちゃって」


「ご馳走様。美味しかったよ」


「どういたしまして」


 昼食を終えた俺たちは片付けた後、周囲を見渡す。


「えっと、この後、どうすればいいんだ?」


「ヤッホー!!」


 朝比奈さんは唐突に山に向けて叫んだ。


「朝比奈さん?」


「ほら! 高嶺くんもやってみてよ。気持ちいいよ?」


「でも恥ずかしいよ」


「誰も聞いていないし。ほら、今の気持ちを山に向かって叫んでみてよ」


「今の気持ち? 別に何もないけど」


「なんでもいいからモヤモヤしていることを叫ぶ!」


 ポンと背中を押された俺は山に向かって叫んだ。


「俺は十六夜が好きだ! だから絶対に朝比奈さんを好きにならないぞ!」


 力一杯に俺はモヤモヤを山にぶつけた。


「それ、本人の前で言うんだ。軽くショックなんだけど」


「あ、いや。ごめん」


「別にいいけど。今はゲームの最中。勝利宣言は負けフラグ言うし」


 朝比奈さんは冷めた口調で歩き出した。


「さて。下山しようか」


「う、うん」


 普段は気になることではないが、とある事情が俺たちを悩ませる。


「んー」


「朝比奈さん?」


「やばいかも」


「やばい? 何が?」


「我慢できない。トイレ」


「え?」


 ここは山の中。トイレなんてあるはずがない。

 下に辿り着くまでかなりの時間が掛かる。


「その辺でするしか……」


「そ、それもそうね。ティッシュがあるからなんとかなるかも。絶対に覗かないでね」


「覗かないよ」


 朝比奈さんは茂みの方へ消える。

 そういえば俺もしたい気分だ。

 適当な場所で済ませようか。

 用を足している最中である。


「きゃー!」と朝比奈さんの悲鳴が俺の耳に刺激した。


「朝比奈さん?」


 緊急事態か。俺は急いで用を足して朝比奈さんが消えた茂みに向かった。


「高嶺くん。へび! へび!」


「蛇?」


 朝比奈さんの近くに一メートルを超える蛇が迫っていた。


「こっちだ」


 俺は朝比奈さんの手を握って走り出した。

 今は障害になるものから離れようと必死だった。

 だが、次の瞬間だ。足元がフワリと浮いた感覚に俺は下を見る。

 草むらでよく見えなかったことから急に浮いたことで嫌な予感がした。

 そう、道が無くなっていたのだ。


「まさか。この先って……」


 そう、崖になっていた。

 俺と朝比奈さんは崖から真っ逆さまに落ちていく。


「わあぁぁぁ!」


「きゃあぁぁ!」


 そこから俺の意識は失うことになる。

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