第49話 遭難


「高嶺くん。高嶺くんってば!」


 誰かが俺を呼ぶ声がした。この声は朝比奈さんか。


「ん、んー?」


 目を開けると俺を覗き込むように朝比奈さんの目が合った。


「朝比奈さん?」


「良かった。意識が戻ったんだね」


 起き上がろうとした瞬間、左肩に激痛を感じた。


「痛っ!」


「あ、無理をしないで。骨は折れていないと思うけど、脱臼しているかも」


 手にはタオルが巻かれて動かないように固定されている。


「朝比奈さんが手当てしてくれたの?」


「うん。初心者の手当てだけどね。多分、崖から落ちた時に地面に打ち付けたかも」


「ありがとう。朝比奈さん、怪我は?」


「私が大丈夫。高嶺くんが咄嗟に私を庇ったから。お礼を言うのは私の方だよ。ありがとうね」


「そっか。朝比奈さんに怪我はなくて良かった。今、何時? どれくらい寝ていたんだ。俺」


「今は十六時を過ぎたところ」


「そっか。日が暮れる前に下山しよう」


「それが出来ないのよ」


「出来ない?」


「よく周りを見て」


 俺たちが今いる場所はハイキングコースから大きく外れていた。人の手が行き届いていないような草木が覆い茂った森の中心である。


「きっと崖から落ちた時に正規ルートから外れたみたい」


「誰かに連絡は取れないの?」


「圏外。電話もネットも通じないよ」


「じゃ、どうすれば……」


「もう少しで日が暮れる。下手に動き回るのは得策ではない。とりあえずあそこの洞穴にいく?」


 朝比奈さんの目線の先には崖に開いた小さな洞穴があった。

 陽はどんどん沈んでいる。ここは考えるまでもない。


「とりあえずあそこに行こう」


 洞穴には野生動物の住処にはなっていないようだ。

 一晩過ごせるような寒さや雨風を凌そうな作りになっているのが助かった。

 薪を集めて火を炊き、本格的にこの洞穴で過ごす環境を整えた。


「俺たち、遭難したのか」


「それは言わないでよ」


「でも……この先どうなるのか」


「私有地を借りた管理人が帰ってこないことに気づいて警察に捜索を出してくれると思うから助けが来るのを待ちましょう」


「助けっていつ?」


「さぁ」


「学校は?」


「この状況が続くなら行けないわね」


「それは困る。早く帰ろう」


「高嶺くん。少しは冷静になろうよ」


「冷静って。大体、朝比奈さんのせいだよ。俺をこんなところに誘って。この遭難も計画通りなんじゃないの? 早く俺を解放してくれよ」


「……ごめん。私のせいだね。好きになってくれる計画は失敗したよ」


 朝比奈さんは自分を責めた。

 俺は不安のあまり酷い事を口にしたと後悔した。


「ごめん。朝比奈さんのせいにして」


「気にしないで。好きなだけ私を責めてくれればいいから」


「出来ないよ。誰も悪くないんだから。過ぎたことを悔やんでも仕方がない。助けが来るのを待とう」


「うん。そうだね」


 そこから俺も朝比奈さんも喋ることはなくなった。

 本格的に暗くなり、不安が更に高まっていた。

 明日には助けが来るのだろうか。

 いや、明日どころか一生来ないかもしれないとも思い始めた。


「ねぇ、クマとか遭遇したら私たち終わりだね」


「怖いこと言わないでよ。朝比奈さん」


「冗談だよ。でも森って何が起こるか分からないからあらゆる想定はしないと」


 その時だ。

 洞穴の奥からカサッと何かが動く足音が聞こえた。

 人間の足音ではない。何か動物のような音だ。


「まさか本当にクマ?」


「私、見てくるよ。高嶺くんはそこにいて」


「待って。危険だよ」


「様子を見るだけだから」


 朝比奈さんは怖くないのか。

 洞穴の出口に向かってその正体を確かめに進んでいく。


「あっ……」と朝比奈さんはその正体を捉えていた。


「朝比奈さん。何がいるの?」


「ギャオォォン!」と動物が雄叫びを上げる声が響いた瞬間、俺は出口に向かって走り出した。

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