第16話 夜食

 

 夜桜さんと恒例の遊びの日の最中。突然、俺の前から姿を消してしまったことに動揺が隠せずにいた。そうなってしまったのは葵の乱入が原因なのかもしれない。

 そして現在、俺は葵と家に帰っていた。


「優雅とこうして帰るのはいつぶりだろうね」


「いつぶりってことでもないだろ。いつも一緒にいるんだから」


「普段は私、部活で一緒に帰ることないじゃない。それよりなんか機嫌悪くない?」


 口調が冷たかったのか、葵は首を傾げながら質問を投げかける。


「いや、そんなんじゃないから」


 葵のことよりも夜桜さんがいなくなって心配している自分がいた。

 帰ると言われてもそこから一切の音沙汰がないことも不安の要因だ。

 一体、どうしてしまったのだろうか。

 そんな妄想を繰り広げている時だ。


『間もなく電車がまいります』


 改札口に入った直後である。電車が来ることを知らせるアナウンスが響く。


「やば! 優雅。走るよ!」


「次のやつでいいよ」


「ダメ! ほら、行くよ」


 葵に腕を掴まれて走ることになってしまう。

 満腹状態の身体に全力で走るには応えた。

 だが、そんなことを知らない葵は俺の腕を引っ張りながら階段を駆け上がる。


『間もなく電車が発車します。駆け込み乗車はご遠慮ください』


 そんなアナウンスとは裏腹に俺と葵はギリギリのところで電車に乗ることが出来た。


「はぁ、はぁ。ギリギリ間に合ったね」


「何も走らなくても……」


「知らないの? この時間になると朝と違って三十分に一本しか電車来ないのよ?」


「そうなの?」


「世間知らず」


「悪かったな」


 夜の時間になると座れるくらい人は少なかった。

 葵と横並びになって腰を下ろす。


「ところでお腹空かない?」と葵は気が抜けたように言う。


「全然」


「そう。私、お腹空いちゃった」


「部活の仲間と食べて来たんじゃなかったのかよ」


「食べたよ。でも皆の前だと気を使ってちゃんと食べられなかった」


「それは生憎だったな。俺は食べ過ぎてこれ以上、入らないんだ」


「……一人で何を食べたのよ」


 ギロリと葵は疑いの目を向ける。


「何って別になんでもいいだろ」


「ふーん。怪しい」


 やばい。変な疑いを掛けられると後々面倒である。

 今日のことは何としても隠し通さなければならない。平常心を保てと自分に言い聞かせる。


「ぎ、牛丼だよ」


「ふーん。男一人で行くのは定番だね」


 ごまかせたか? いや、余計に怪しまれたか?

 どちらにしても葵は気にした様子はなかった。こう見えてこいつは雑なところがある。


「それにしてもお腹空いた。帰ったら親は年頃の女の子が……とか言われそうだし。ねぇ、家に帰る前にどこか食べにいこう! 内緒で」と、葵は悪い顔をしながら言う。


「悪いが俺はもう食べられないって」


「別に食べなくてもいいから。ね? 行こうよ」


 葵は強引に食事に誘う。


「行くってどこに?」


「優雅くんよ。夜に空腹と言えばあそこに行くべきだよ」


「あそこ?」


 最寄りの駅を出て俺たちはある店に向かうことになる。

 そこは近所にあるラーメン屋だ。

 俺もよく行く店である。


「ラーメンか」


「ここのラーメン美味しいんだよね。それに深夜のラーメンって悪いことをしている気分にならない?」


「それは言えている」


 ラーメン屋に入店すると仕事終わりのサラリーマンの客が数人。

 俺たちは奥のテーブル席に座ることに。


「すみません。私、しょうゆラーメン大盛りの餃子セットで」


「えっと、俺はチャーシュー麺並盛りで」


「あれ? 食べないんじゃなかったの?」


「いや、ラーメンの匂いでちょっと食欲出た」


「残したら私が食べてあげるよ」


 成人男性以上の量を頼んで食べられるのだろうか。

 そう言えば葵は普段、そんなに食べないが、食べる時は信じられない量を食べる時がたまにあるのだ。

 客が少ないこともあり、注文したラーメンはすぐに運ばれた。


「美味しそう! いただきます」


 葵はズズッと音を立てながら勢いよく麺をすする。相当、腹ペコだったのだろう。


「はぁ、幸せ!」


「それより葵。塩胡椒入れ過ぎじゃないのか? 何回振ってんだよ」


「十回が丁度いいんだよ?」


「絶対、しょっぱいだろ。それ」


「全然。それより優雅。箸止まっているよ」


「俺は自分のペースで食べるから」


 注文したはいいものの、半分食べきったところで満腹で口に運ぶのが辛くなっていた。

 串カツの食べ放題から数時間後のラーメンだから当然か。

 なんとか食べ切ることに成功した直後、動くことすらままならない自分がいた。

 それに対して葵は替え玉も注文して底が知れない胃袋を目の当たりにした。


「満腹になったことだし、帰りますか」


「あぁ」


「ところで食後のデザートを食べたくならない?」


「ならない!」


「コンビニへ……」


「行かない!」


「ケチ!」


「ケチで結構」


 俺の長い夜はこうして終わった。


 

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