第15話 鉢合わせにはご注意を

 

 メダルゲームの勝負に敗れた俺は意味もなく夜桜さんとクレーンゲームの景品を見ていた。


「最近のクレーンゲームって変わった取り方があるんだ」


 ゴムをアームで伸ばして取るタイプやゴムボールにバウンドさせて穴に落とすタイプなど見ているだけでワクワクする。


「こういうのって取れるかもって思わせて実は難しいから商売上手だよね」


「夜桜さんはやったことあるの?」


「あるよ。基本取れないけど」


「やっぱ取れないんだ」


「取れることは取れるけど、先に私の財布が尽きるかな」


「確かに気付いたらお金無くなっているかも」


 ただ見るだけならタダ。そう思って台を周回している時だった。


「こ、これは……」と夜桜さんはある台を見た瞬間、立ち止まってしまう。


「どうしたの?」


「これ。この間見た漫画のキャラクラー。このキャラ私、好きなんだよね」


 それはとあるパンダキャラのぬいぐるみである。

 俺もよく知っているキャラだ。だってその漫画持っているし。


「あー欲しい。でも取れないんだろうな」


 夜桜さんの好奇心は止まらない。欲しそうだが、取ってあげるほど俺はクレーンゲームに疎い。


「何回で取れるかな。五回でいける?」


「まさか夜桜さん。プレーするの?」


「だって欲しいんだもの」


「でも、お金が無駄になるかも知れないよ?」


「それでも! 女にはやるべき時があるんだよ。高嶺くん」


 なんかカッコイイことを言う夜桜さんだが、内容はかなりくだらない。

 財布から五百円玉硬貨を取り出す。

 通常一回百円のプレーだが、五百円を入れることで六回のプレーを可能にする。

 つまり一回分、お得である。


「これは私の勝負でもあるんだよ。高嶺くん。止めないでおくれ」


 俺の言葉を待たずに夜桜さんは五百円玉硬貨を機械へ投入した。

 これで後には引き返せない。


「行くよ!」


 夜桜さんの目は本気だ。たかがゲームでここまで本気になれるだろうか?

 いや、少なくともお金が掛かっているんだ。一回のプレーでも無駄には出来ない。

 俺は邪魔にならないように見守ることしかできなかった。

 二回、三回とプレーを進めるが取れる気配はない。

 アームはしっかり景品に掴むが途中で放してしまう。

 そしてラストプレー。


「お願い!」


 最後は運に任せるしかない。だが、現実はそう甘くない。

 取れることはなかった。


「ぐわぁ! もう少しだったのに」


「夜桜さん。ここは引こう。引くことも勝負のうちだよ」


「いや、まだ引くわけにはいかない。ちょっと両替してくる」


 夜桜さんの闘志は消えなかった。

 ゲームでも何でもそうだが、夜桜さんは負けず嫌いなところが多々あると最近になって思った。そういうところでムキになるところも何かと可愛いのでいいのだが。

 さて。夜桜さんが戻るまでこの台を誰かに取られないように死守するか。

 そんな時だ。


「あれれ? もしかして優雅?」


 不意に後方から声を掛けられる。

 振り向いた瞬間、俺は血の気が引く。


「葵?」


「ぼっちが何をやっているのよ」


「う、うるせぇ。お前こそ何でここにいるんだよ」


「私は部活終わりに部のメンバーとご飯に行ってプリクラ撮ろうって立ち寄っただけよ」


 葵は大きな部活カバンにラケットを肩に掛けて重そうな見た目だ。

 まさかこんなところで鉢合わせするとは……。


「私はいいとして優雅がどうしてゲームセンターに? 普段出歩くことないのに」


 どうする。夜桜さんと遊んでいたとは死んでも言えない。

 何とかこの場を乗り切らなければ俺の今後が悲惨になってしまう。


「新作のゲームをやりに来たんだよ。たまには大音量でスカッとしたいと思ってさ」


「そうなんだ。こうして私と会えたってことはやっぱり優雅とは赤い糸で繋がっているみたいだね」


 何とかごまかせたが、また変な妄想が膨らむのはやめてほしい。


「そろそろ帰るところでしょ?」


「え? まぁ」


「一緒に帰ろうよ」


「でも部活のメンバーが待っているんじゃないのか?」


「大丈夫だよ。皆、もう帰るって言っていたし」


「いや、しかし……」


 どうしよう。もうすぐ夜桜さんが戻ってくるはず。勝手に帰ってしまったらかなり印象が悪い。


「ん? それを取ろうとしている?」


「あ、あぁ。ちょっと苦戦してな。これ取れるまで帰れないんだ」


「ふーん。退いてみ」


「退いてみってお前……」


 葵は財布から百円玉を取り出して台の状況を分析する。


「なるほど」


 そう言って百円玉を投入するとプレーを始めてしまう。

 慣れた手付きで操作した瞬間、アームの爪は景品のタグを滑り込ませて掴んだ。

 そのまま落ちることなく景品をゲット。


 取り出し口から取り出すと「ホイ」と軽い感じで葵は俺に差し出す。


「え?」


「何? 欲しかったんでしょ?」


「いや、そうだけど。お前、クレーンゲームできんの?」


「そういう動画ずっと見ていたから何となくでやっただけ」


「マジか」


 葵はクレーンゲームの才能があった。

 夜桜さんが苦戦していたのに葵はこうもアッサリ取ってしまうとは驚きだ。


「さぁ、景品は取れたことだし、帰りますか」


「いや、ちょっと待って」


「まだ何かあるの?」


「トイレ」


「えー。すぐ戻って来てよ」


 葵を置いて俺は夜桜さんを探しに走った。

 どこまで両替に行ってしまったのだろうか。

 周囲を探しても夜桜さんの姿は見当たらない。

 いや、今の状況を考えれば見つからない方が好都合かもしれない。

 だが、いくら探しても見つからない。まさか帰ってしまったのか。

 するとスマホにメッセージが入った。夜桜さんからだ。


『先に帰るね。何も言わずにごめんね』


「え?」


 そこからいくらメッセージを送っても夜桜さんから返事が返ってくることはなかった。

 嫌われてしまったのだろうか。

 何か知らずに傷付けてしまったのか。

 理由が分からず俺は混乱した。



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