第8話 好意を交わしつつ
葵の家は俺の隣にあることから幼馴染の関係が続いている。
考えてみれば夜桜さんを家に入れる行為って実は危険なものだったかもしれない。
だってもし夜桜さんが遊びに来ている時に葵が乱入したら険悪なムードになることは避けられない。
小学生までは自分の家のようにズガズガ入って来ることは当たり前だったが、中学に入ってから徐々に相手の家に入るのは控えるようになっていた。
思春期ということもあり、許可もなく年頃の男女の家に入るのは抵抗感を覚えたからだ。
高校に入ってから葵が家に入るのは無くなっていた。
玄関先で雑談する程度で部屋にまで上り込むのはお互いしなかった。
俺にとっては都合いいのだが、葵とは家の外では常に行動を共にしているので家の中くらいは自由にさせてほしいというのが本音だ。
第一、葵は忙しい。
中学から続けているソフトテニスを高校でも続いているので放課後や土日は練習や試合で多忙だ。
それに葵の家庭は父子家庭で長女な為、母親代わりとして忙しい日々を送っている。
俺も何かしてあげたいとは思うが、どうも葵は俺に家庭環境には首を突っ込まれたくはないらしい。
「優雅! おーい!」
玄関先で騒ぐ葵の声で俺は読みかけの漫画を止めて窓を開ける。
インターフォンがあるにも関わらず、口で呼ぶところはいつものことだ。
近所迷惑だからやめてほしいが、今ではすっかり定着してしまった。
「葵か。何か用? 今、忙しいんだけど」
「忙しいって漫画読んでいただけでしょ」
「覗き見していたのか?」
「見られる訳ないでしょ。そんなところだろうと思っただけ」
相変わらず葵は俺の行動を見透かしている様子だ。
「それよりどうしたんだよ」
「実はトイレが詰まっちゃって。業者が直しに来るのが、明日以降になるらしいの。だからそれまでの間、トイレを貸して貰えないかな?」
「何だ。そんなことか。好きに使ってくれよ」
「本当? ありがとう。実はもう限界だから借りるね」
そそくさと葵は俺の家のトイレへ駆け込んだ。
こういう時こそ幼馴染としての助け合いだ。
さて、お菓子とジュースを部屋に持ち込んで漫画の続きといきましょうか。
「うわぁ。しばらく見ないうちに漫画増えているね」
葵はまるで自分の家のように俺の部屋で寛いでいた。
「トイレが済んだなら早く帰れよ」
「たまにはいいじゃない。優雅の部屋どれくらいぶりだろう」
「そういえばしばらくぶりだな」
「よいしょっと」
葵はベッドに寝そべって完全に居座るつもりだ。
この日は土曜日。本来であれば葵はソフトテニス部の練習に参加している時間だ。
「お前、練習は?」
「今日は休みだよ。だから一日フリー」
「俺は忙しいんだけど」
「どうせずっと家にいるだけでしょ?」
「まぁ、そうだが」
「丁度いいじゃない。今日は二人で遊ぼうよ」
「遊ぶって言ったって」
よく見れば葵の服装は部屋着というより外出用のお洒落な服装をしている。
最初から遊ぶつもりで来たのだろうか。
葵との間で事前に約束することはない。いつもその日の気分で遊ぶことがいつものパターンである。
「むむ。女の匂いがする」
ふと、葵は部屋の匂いを嗅いだ。
やばい。昨日、夜桜さんが遊びに来たばかりでもしかしたら夜桜さんの匂いが俺の部屋に残っているかもしれない。
少なくもと消臭スプレーを振っておけばよかったと後悔してももう遅い。
「なーんて。優雅が私という女が居ながら女の子を家に呼べる訳ないよね。それにそんな度胸ないだろうし。にゃははは」
自分で振っといて葵は大笑いする。
そういえば葵は味覚の他に嗅覚も鈍いことを忘れていた。
鈍感な嗅覚で助かった。
「俺の大切な休日を邪魔してまで言うことか。それより何をしてほしい。どこか出かけるのか?」
「そうだね。家に居てもやることないし、休日デートを楽しもうよ。今日のプランは考えてあるからさ」
やっぱりこいつは最初からそのつもりでここに来たのだろう。
やれやれと思いつつ、俺は部屋着から外出用の服装に着替えた。
「それでどこに行くんだよ」
「まずは一汗掻こうか」
向かった先はボーリング場だ。
ボーリングはいつぶりだろうか。
正直、こう言ったものはあまり得意ではない。
当然、葵とは差が開く一方だ。
カコーン!
「よっしゃ! またストライクだ」
葵は身体を動かすゲームは得意な方である。
それに比べて俺は頭で考えてするゲームの方が得意だった。
ガーターの連発で俺は絶望した。
「はぁ、優雅とやっても張り合いないな」
「好きで来た訳じゃないし。ちょっとトイレとジュースを買いに行って来るよ」
「はいはい。私、ポカリで」
図々しさはもう慣れっこで特に腹を立てることでもない。
葵の元から離れてようやく一息。
だが、いくらボーリングと言え、勝負で葵に良い顔をされるのも悔しい。
今度、練習でもしようかな。だが、一人でボーリングっていうのも恥ずかしいし、誰か誘えるような人もいない。夜桜さんを誘ったらついて来てくれるだろうか。
そんな妄想を繰り広げている時だ。
「あははは。またストライク! 私、今日ツイているかも!」
別のグループから何やらはしゃぐ声が響いた。
この声、どこかで聞いたような気がする。
その声の方へ視線を向けると予想した顔ぶれがズラリと並ぶ。
嘘だろう。何故、あの二人がここにいるのだ。
いや、不思議なことではない。たまたま居合わせるくらい何とでもない。
ただ、今あの二人に会うと厄介なことになりそうで避けたかった。
幸い、二人のグループは俺たちから五レーンほど離れている。
普通にしていたら気付かれる位置ではない。
気付かれないように葵の元へ向かおうとしたその時だ。
「高嶺くん?」
振り返るとそこには夜桜さんの姿があった。
あの二人がいると言うことは少なからず夜桜さんが居ても不思議ではない。
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