第54話 朱莉

 

 十六夜と朝比奈さんの仲は形上、現状維持を保たれたようだが、あの日以降、最低限の会話を交わす程度でどちらとも言えない関係性になっていた。

 それでも二人には仲良しでいてほしいと細やかに願う。

 そんな日常に戻りつつある時だ。

 俺が学校を終えて家に入ろうとした直後、一人の女の子が家の前で佇んでいる姿に一目を置く。


 葵の妹、栗見朱莉くりみあかりだ。中学二年生で葵とは似つかず、しっかり者で家事や勉強など真面目にこなす出来る子と言う印象である。

 そんな朱莉は制服姿のまま何故か自分の家の前でボーッと空を見上げていたのだ。

 気になった俺は声を掛けた。


「朱莉ちゃん?」


「あっ。優雅お兄ちゃん。お帰りなさい。今、帰りですか」


「まぁね。朱莉ちゃんはそこで何をしているの?」


「鍵、無くて」


「無くしたってこと?」


「いや、カバンの中身を入れ替えた時に入れ忘れちゃって。鍵は家にあるよ」


「そっか。今、誰もいないの?」


「お母さんとお父さんは夜遅くまで帰ってこない。美都里は今日から修学旅行で帰らないし、葵姉の部活が終わるまで待っているつもり」


「そっか。良かったら葵が帰るまでうちに来ない? ずっと待つのも目立つし、変な通報されたら困ると思うから」


「え? でも……」


「うちでゲームでもしようよ。時間潰しになると思うからさ。ね?」


「……じゃ、お言葉に甘えてお邪魔します」


 葵が帰るまで朱莉を家にあげることにした。

 部活が終わる二、三時間の話だ。対して時間は掛からないだろう。


「さぁ、どうぞ上がって」


「はい」


 朱莉は律儀に自分の靴を揃えて家に上がる。

 部屋に入ると正座をして背筋を伸ばした。


「あ、あの。もう少し楽にしていいよ? 自分の家だと思って」


「いえ、お構いなく」


「いや、俺が気になるから」


「そうですか」


 朱莉は足を崩した。


「じゃ、ジュースとお菓子を持ってくるから待っていて」


「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」


「いいよ。俺がそうしたいから」


「ありがとうございます」


 台所にあったせんべいと冷蔵庫のオレンジジュースをコップに注ぎ、部屋に戻る。

 朱莉は不思議そうに俺の部屋の全体を見回していた。


「あの、朱莉ちゃん?」


「あ、すみません。男の人の部屋ってどんなものかと思いまして。安心してください。見ているだけで触ったりしていませんので」


「そっか。これ、良かったら摘んで」


「ありがとうございます」


 普段、葵との絡みが多い分、こうして朱莉と二人で喋ることは珍しかった。

 それでも初対面ってわけでもないので気を使う中でもないのだが、少しぎこちなさがあった。


「朱莉ちゃん。学校ではどうなの?」


 何を話していいか分からず俺は曖昧な質問を投げかけてしまう。


「楽しいですよ?」と、曖昧な質問に対して曖昧な答えが返ってくる。


 やばい。早くも気まずい。こういう時はあれだ。


「そうだ。朱莉ちゃん。ゲームでもやる? どういう系がいい? レース、格闘、討伐とか色々あるよ」


「ゲーム……私、嫌いなんですよね」


「あ、そうなんだ。ごめん」


 俺の唯一のコミュニケーション方法であるゲームを否定されてしまった。

 打つ手なしか。こうなれば相手から引き出すしかない。


「朱莉ちゃんは何が好きだっけ?」


「趣味ってことですか?」


「うん。それに合わせて何かできればいいんだけど」


「私の趣味は手品です」


「て、手品?」


 初耳だ。いや、俺が朱莉のことを知らな過ぎるだけなのかもしれない。

 だとしても葵から聞いてもいいことだが、そこまで話題にならない程度なのか?


「朱莉ちゃん。手品出来るの? 俺、見たいな」


「いいですよ。と、言いたいところですが、道具がないので派手なものは出来ません」


「何かうちで用意できるものであれば貸すけど」


「ではトランプと紙コップ。あと、硬貨とお札があれば貸して頂けませんか?」


「それなら全部あるよ。ちょっと待っていて」


 俺は指定されたものを朱莉に差し出す。

 何故か、朱莉のマジックショーが始まろうとしていた。

 本当にできるのか。それとも大したことないのか。

 身近な存在である幼馴染の妹と奇妙な遊びが始まろうとしていた。


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