第32話 友だちと恋人③
お菓子をつまみながら夜桜さんと俺は黙々と対戦ゲームに没頭していた。
夜桜さんと遊びことは喜ばしいことなのだが、俺はあることが気になって素直に楽しめなかった。
「うわぁ。また負けた。練習を重ねていたと思うのにやっぱり高峯くんは強いな」
「夜桜さんもイイ線いっていたよ」
「なんか強者の余裕って感じ」
「ごめん」
「十七時半か。本来ならもっと遊べるけど、今日は早めに帰らないとだし、十八時過ぎには帰るよ」
「そっか。次は何しようか」
「あまり時間もないことだし、ゲームだと長引く可能性があるから何かサクッとできるものはないかな」
夜桜さんは俺の部屋を見渡して考え込む。
「あの、夜桜さん」
「なに?」
「実は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと? 答えられることならなんでも答えるよ」
「えっと、その。噂になっていたことがあって」
「噂って私の?」
「うん」
「どんな噂?」
「夜桜さんに彼氏がいるとか」
「私に彼氏? ないない」
夜桜さんは手を横に振って否定する。
「いないの?」
「高嶺くん。もしかしてその噂を信じちゃった系?」
「少し」
「何を言っているの。もし彼氏ができなら高嶺くんに報告するし。それが友だちとしての義務じゃない」
「そ、そっか。でも、事実とは違うのにどうしてそんな噂が流れたんだろう」
「さぁ。噂ってそんなものじゃない? 事実とは違うことが一人歩きするなんてよくある話だよ」
「よかった」
事実を知れた俺はホッと胸をなでおろした。
「何? 私に彼氏がいるかもって不安だった?」
「まぁ、そうだね」
「確かにその気持ちも分かる。もしお互いに恋人がいたら友だちは成立しなくなるよね」
「ど、どういうこと?」
「そのままだよ。私に彼氏がもし出来たら高嶺くんとは友だちではいられない」
「別に彼氏が出来たとしても友だちは続けられるじゃないか」
「勿論、続けようと思えば続けられる。でも、それは人によるんじゃないかな? 私の場合、恋人が出来ればその人に悪いから男友だちとは距離を取るかな。逆に高嶺くんに恋人が出来れば私は距離を置く。友だちの恋人に疑われたくないし、嫌な気持ちにさせたくないから」
夜桜さんは当然と言ったような態度で言い放つ。
納得出来ない俺は反論してしまう。
「ちょっと待ってよ。いくら恋人が出来たとしても友だち関係まで無くす必要はないじゃないか。友だちってそんな簡単に無くせるものでもないだろ」
「別に友だち関係を断つとは言っていないよ。距離を置くって話。会ったり連絡を取るのを控えるって言う言い方が正しいかな?」
「友だちを辞めるって言っているのと同じじゃない?」
「高嶺くんは私とずっと友だちを続けたい?」
「それは勿論」
すると、夜桜さんは下を俯いた。
表情を悟られないように顔を隠したのだ。
「栗見さんとは恋人になれないってことで私は高嶺くんと友だちを続けている。ただ、もし二人が何かの拍子で恋人になったら私は高嶺くんの元を離れるつもり。私は男女の友情はないと思っている。恋人が出来た時点で友だちを解消するべきだと私は思う」
夜桜さんは断言した。
この友だち関係を続けていけるのはお互いに恋人がいない間だけ。
もし、出来てしまえばその時はもうこうして遊ぶことは出来ない。
夜桜さんの思いはそんなところだった。
俺は急に夜桜さんがどこかへ行ってしまいそうな気がして奥歯を強く噛み締めた。
「嫌だ。俺はこれからも夜桜さんと友だちを続けたい」
ただのわがままだった。
それでもこの関係を終わらせたくなかった。
「私も高嶺くんと友だち関係を終わらせたくないと思っている。今は良いかも知れないけど、この先はどうなるかなんて分からない。別の道に歩んで会えなくなるかも知れないし、大切な人と恋に落ちるかも知れないし、将来のことは分からないんだよ。友だちを続けることは難しいかも知れないけど、これからもずっと仲良くする方法はあるよ」
「え?」
すると、夜桜さんは俺のベッドに寝転がった。
リラックスをするように全身の力が抜けていた。
「ねぇ、高嶺くん。以前、メダルゲームで賭け事をしたのを覚えている?」
「負けた方が勝った方のお願いを一つ聞いてもらうってやつだろ」
「そう。それで私が勝った。でもそのお願いは保留になっていたよね。今、ここで聞いてもらうことってできるかな?」
「それは構わないけど、俺は何をすればいいんだ?」
すると夜桜さんはニヤリと笑った。
「その前にさっきの話に戻るけど、高嶺くんと仲良しを続ける最善の方法を思いついたの。それが今回のお願いに繋がる」
「一体、何を……?」
「高嶺くん。私を抱いて」
夜桜さんの甘い発言に俺は全身の毛が逆立った。
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