第31話 友だちと恋人②
ここ最近、夜桜さんが俺の家に来る気配が減った気がする。
毎週金曜日は必ず遊びに来ていた訳だが、一ヶ月ほど来ていない。
テスト勉強や急な用事などで予定が合わないことが重なって今に至る。
このまま夜桜さんは俺の元から離れていってしまうのではないかと焦っていた。
だが、この焦りはすぐに崩される。
「高嶺くん。今日、金曜日じゃないけど遊べるかな?」
学校内では基本、他人を装っていた訳だが、廊下でのすれ違い時に声をかけられた。
この日は水曜日。本来であれば夜桜さんと一切関わりがないはずの曜日だ。
「いいけど」
「良かった。じゃ、またこっそり高嶺くんの家に行くからよろしく」
夜桜さんは爽やかな笑顔ですれ違っていく。
一見、いつもと変わらない夜桜さんだが、彼氏がいる噂が拭い切れずにいる。
だが、二人きりの機会を作れればいくらでも聞くチャンスがある。
「優雅。そんなところで何を突っ立っているの?」
葵は覗き込むように俺の顔を見る。
「な、何だよ。急に現れるなよ」
「優雅の陰に葵現れるだよ」
「何を言っているんだ。お前」
「最近、うちの学校ってカップル増えたと思わない?」
「カップル?」
「イチャイチャイチャイチャ。まるで見せつけているように他人の前で堂々とあーヤラシイ」
「お前も見せつけるという意味では大概だと思うぞ?」
「私は優雅に悪い虫がつかないようにあえて見せつけているの。優雅も悪い虫に付かれたくないでしょ?」
「俺にとって悪い虫は葵のことなんだが」
「何でそんなこと言うのよ。優雅のバカ」
ポカポカと葵は俺の胸に向けて拳と叩く。
「まぁ、確かにカップルは増えた気がする。俺も周りに遅れを取れないな」
「何を言っているの。恋人候補ならここにいるじゃない」
「全く見えない。視力が落ちたかな?」
「もう。優雅には私がいるでしょうが!」
「お前は幼馴染だ。恋人じゃない」
「幼馴染でも恋人になれるって知らないの?」
「俺にとって幼馴染は兄弟みたいなものだ。付き合ううちに入らない」
「何で付き合えないのよ」
「幼馴染になった瞬間からもう付き合っているじゃないか。今更感ってやつだ」
「あ、幼馴染になってから私と優雅は付き合っているってことか」
「意味は違うが、そんなところだな」
「なーんだ。優雅と私は既に恋人同士だったか。うっかり」
「お前……全然分かっていないだろう」
「え? 何のこと?」
「いや、何でもない」
葵にとって俺以外の恋人は頭にないらしい。
それに対して俺は幼馴染以外の恋人を求めている。
この噛み合わない関係をいつまで続くのだろうか。
それはどちらかに恋人が出来ない限り続いてしまうことを意味していた。
考えてみれば葵は告白されたことはないのだろか。
少なからず葵を好きな男はいるはずだ。俺に遠慮して声をかけないだけと言う線は大いにあり得る。
葵に恋人作戦を実行したいところだが、自分一人ではどうにもならない。
放課後のことである。
俺は決まって授業終了のチャイムが鳴れば一目散に家に帰る。
夜桜さんに家に来ていいとは言ったが、よくよく考えれば家には親がいる可能性があった。
そんな場面に夜桜さんを呼び込むと気まずさがあるため、夜桜さんが校門に現れるのを待っていた。
「あれ? 高嶺くん。校門の前でどうしたの?」
通りかかったのは朝比奈さんだ。
「朝比奈さん。夜桜さんは?」
「さぁ? 授業終わって急いで帰っていったよ。何か大事な用事っぽかったけど」
「まさか入れ違いか。こうしてはいられない」
「え? 高嶺くん?」
朝比奈さんの呼び掛けに応えないまま、俺は走り出した。
今、出て言ったと考えれば家に向かう道中で会うかもしれない。
俺はジョギング感覚で自分の家に帰っていく。
だが、会えてもおかしくないのに夜桜さんの姿うぃ見ないまま、俺はとうとう家の前まで来てしまった。
「あれ? 夜桜さんがいないってことはまだ学校を出ていないってことか?」
家では案の定、母親が家にいた。
この日は不定期の休暇だったらしい。車があると言うことは間違いなくいる。
そんな時だ。玄関の扉が開き、母親が出て来た。
どこか出かけるのか。外出用の服に着替えている。
「母さん」
「あら、優雅。おかえり」
「ただいま。どこか出掛けるの?」
「うん。ちょっと買い物に行ってくるから留守番お願いね」
「分かった。行ってらっしゃい」
「そうだ。友だちが来ているから上がらせて待たせているわよ」
「友だち?」
「いや。彼女か。あんた葵ちゃんがいながらやるわね。遊ぶならちゃんと考えるのよ。お母さんは何も言いふらすつもりはないから。じゃあね」
母親は嬉しそうに微笑みながら車に乗り込んだ。
母親の反応を見てまさかと思い、部屋に向かう。
「お。ヤッホー。高嶺くん。先に上がらせてもらったぞ?」
夜桜さんは俺の部屋で正座になり、スマホを弄っていた。
「やっぱり」
俺はこれまで親に女友だちのことを隠していた恥ずかしさが滲み出ていた。
「ん? 走って来たの?」
「夜桜さんは来るの早すぎでしょ」
「誰にも見られないように急いで走って来たんだよ。感謝してよね」
来てしまったものは仕方がない。俺が曖昧な返事を夜桜さんにしたのが悪いのだ。
「それにしても高嶺くんのお母さん。優しい人だね」
「うちの母さんが何か失礼なことをしたのか?」
「ううん。私が尋ねたらよく来てくれたねとか上がって待っていてって結構フレンドリーに接してくれて嬉しかった。いつも上がらせてもらってお世話になっていますって言ったらお菓子とかいっぱい持って来たよ。断ったんだけど。無理やり渡された」
テーブルには家中のお菓子をかき集めたと思われる量が置かれていた。
母さんのお節介に夜桜さんは振り回された様子だった。
「悪い。うちの母親が余計なことを」
「全然。さぁ、久しぶりに遊ぼうか。ただ、金曜日じゃないから時間は気にしないといけないけどね」
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