第52話 退院

 救助された俺と朝比奈さんはそのまま病院に搬送されて健康チェックを行うことになった。検査の結果は特に問題なかったが、念のため一日入院して詳しい検査が行われることとなる。

 同時に親や学校に連絡されてしまい、多くの人に心配をかけることとなったが、メディアに取り上げる事態は避けられた。

 親にこっ酷く叱られた後の静まり返った病室のベッドで俺はようやく落ち着きを取り戻していた。


「どう? 怒られた?」


「怒られたなんてものじゃ無いよ。説教レベルだった」


「私も。泣かれたし散々だね」


「まぁ、一時はどうなると思ったけど、ようやく日常に戻れることでホッとしている」


「本当に日常に戻れると思っている? 学校にこのことは知られたってことは……」


「そうだった。別の問題が発生するんだ」


 朝比奈さんと遭難したことは事実。だが、それは学校内で知られると新たな問題が発生する。

 朝比奈さんと付き合っていると勘違いされたり、十六夜や葵には白い目で見られたり、考えられる問題は山積みだ。


「どうしよう。学校行きたくないよ」


「ははっ。困っている、困っている」


「朝比奈さんは余裕だね。周囲の反応気にならないの?」


「気にしてもしょうがないよ。何を言われようと軽くあしらっとけばいいんだから」


「俺はそういう訳にはいかないよ」


「何かメッセージきた?」


「メッセージ? あ、そういえば俺、スマホ無くしたんだ。くそ、遭難した時にリュックごとどこかにやったんだ」


「残念。私は十六夜からメッセージ来ているよ」


「なんて?」


「身体の心配と退院したら話があるって」


「絶対怖いやつだ」


「まぁ、どうなることかね」


 朝比奈さんはベッドから立ち上がった。


「どこに行くの?」


「女の子に野暮なこと聞かない」


 トイレか。朝比奈さんは病室を出た。

 マジでどうしようか。今日は一日病院だ。明日から学校に行くとしたら避けられないものがある。


 そんな時だ。病室にノックが掛かり、扉が開いた。

 朝比奈さんか? いや、違う。

 病室に入って来たのは葵だ。

 俺は咄嗟に寝たふりをして包まった。

 え? なんで葵がここに? まさか心配して?

 いや、その逆で問い詰めに来たのか。

 どんな顔をして会えば分からず、俺は寝たふりがバレないかソワソワした。

 葵はベッドの前に立つ。

 背中を向けていたので葵の顔は分からない。


「優雅……」


 答えちゃダメだ。何をされるか分かったものでは無い。

 寝たふりを決め込むと葵は何かを置いて病室を出た。

 帰ったのか?

 帰ったと見せかけて実はまだいる? 

 考えれば考えるほど分からなくなっていた。

 すると再び病室の扉が開いた。戻ってきた?


「おい。高嶺くん。寝ているの?」


「へ? 朝比奈さん?」


 朝比奈さんの声で俺は振り返った。


「どうしたの?」


「朝比奈さん。今、葵と会わなかった?」


「栗見さん? 知らないけど」


「そっか」


 鉢合わせはしていないようだ。

 そして、俺はようやく背中に置いてあるモノの存在に気付く。

 花だ。黒い百合? お見舞いといえば花が定番だが、葵にもこんな気遣いがあるとは意外だった。

 まぁ、一日だけの入院だが、あいつもあいつで心配をしていたのかもしれない。

 寝たふりに対して罪悪感を感じたが、ちゃんと会った時にお礼を言おうと決めた。


「高嶺くん。あなた、その花どうしたの?」


「葵が持ってきてくれたみたいなんだ。あいつも良いところあるんだな」


「いや、多分その逆だと思うけど」


「逆?」


「黒い百合の花言葉って知っている?」


「いや、花自体そんな興味ないし」


「一応、教えておくけど、黒い百合の花言葉は『呪い』または『復讐』って意味があるのよ」


「……は? なんだ、その物騒な花言葉は」


「高嶺くん。気を付けた方がいいかもね。何かの拍子で栗見さんに呪われちゃうかも」


「マジ?」


 俺は恐怖を覚えながら翌日、退院を果たす。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※黒百合は呪いや復讐の意味がありますが、アイヌ民族の間では人に気付かれず想いを寄せる人の近くに置くことが出来れば両思いになれると伝わっています。高嶺はそんなこと知るはずもないのですが、葵はそれを知っていたのでしょうか。

以上、余談でした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る