第51話 救助
「ん、んぐっ! ゴクンッ!」
俺は朝比奈さんの口移しで鯖を飲み込んだ。
「どう? 美味しい?」
「美味しいけど、これの意図は何?」
「言ったでしょ。これが私の悪足掻きだって」
「それにしてもこれはやりすぎだよ」
「それくらいしなきゃ、気持ちは揺らがないでしょ」
「だとしてもこんな恥ずかしいことを平気でやるのもどうかと思うよ」
「照れ隠しをしようと必死だね。高嶺くん」
「そ、それはそうでしょ。もういいよ。一人で食べられるから缶詰ちょうだい」
「そうですか。はい。どうぞ」
朝比奈さんはつまらない様子で缶詰の残りを渡す。
食事が済んで助けが来るまで特にやることが無くなった頃である。
「とりあえず寝ようか。体力を回復する為にも」
「うん。そうだね」
身体を横にして足を伸ばしたことで楽になった。
床が岩ということで寝心地の悪さが目立つがそれでも身体を休めることは出来た。
「ねぇ、高嶺くん」
「何? 早く寝た方がいいよ。朝比奈さんだって疲れているでしょ」
「このまま助けが来なかったらどうする?」
「嫌なこと言わないでよ」
「そうだけど、例えばの話だよ」
「俺はもう一度、十六夜に会いたい。その為には何がなんでも元の生活に戻らなきゃならないんだ」
「……そう。じゃ、何がなんでも帰らないとね。でも、明日は月曜日。私と高嶺くんが無断欠勤って分かったらかなり怪しまれると思うよ」
「何かイイ方法はないかな」
「そこは何も考えていないんだ。まぁ、考えても仕方がないことだけど」
本当にどうしようか。
明日は確実に学校に行けない。必ず問題になる。
「ダメだ。考えても思いつかない。寝よう」
「寝て忘れるってことね。同感だよ」
疲れていることも関係したのか、俺と朝比奈さんは眠りについた。
そして翌日、朝の日差しにより俺は目を覚ます。
「朝か……」
寝て冷めたら自分のベッドにいる想像をしたが、現実はそう甘くない。
俺は硬い岩の床から身体を起こす。
睡眠はしっかり取れたが、身体中の痛みは治らない。
「朝比奈さん」
朝比奈さんの姿を探すが、周辺には誰もいなかった。
「え? 朝比奈さん?」
洞窟を出て見渡すが、朝比奈さんが消えていた。
どこへ行ったのか。荷物はある。勝手にどこか出歩いてしまったのか。
「あ、高嶺くん。おはよう」
茂みの奥から朝比奈さんが現れる。
「朝比奈さん。どこに行っていたの?」
「何か食べられるものはないかなって。向こうに川があったから飲み水はなんとかなりそうだよ」
「そうか。勝手に出歩かないでよ」
「え?」
「心配したよ。朝比奈さんがどこか遠くに行っちゃったんだと思って心配した」
「ごめん……。よく寝ていたから。気をつけるよ」
「川へ行こう。魚も食べられるかもしれない」
「うん。こっち」
朝比奈さんはそそくさと早足で川へ案内する。
水の流れる音と共に川が俺の前に現れる。
「ね? あったでしょ?」
「でかした。朝比奈さん」
川は綺麗な水で魚も何匹かいる。
「魚がいたとしてもどうやって獲る? 釣竿とか捌くナイフはないよ」
「た、確かに。でも、水は飲めるし」
俺は喉の渇きを潤した。それだけでも充分に体調が戻った気がする。
それでもこの状況を打破する術はない。
状況を覆す名案がないか、俺は頭を捻らせた。
「そうだ。火を起こせないかな?」
「火?」
「のろし。煙で俺たちの位置を周囲にアピールすれば助けが来るかもしれない」
「なるほど。高嶺くんにしては名案だね」
「あ、でもライターがないか」
「あるよ」
「ある?」
「確か、リュックに入っていたと思う。ちょっと待っていて」
朝比奈さんは自分のリュックからライターを取り出した。
「よし。これでなんとか出来るかもしれない」
俺と朝比奈さんは枝や草などをかき集めて火をつけた。
一気に燃え広がり、煙が上空に立ち込めた。
その一時間後、ヘリが俺たちの上空に現れた。
「助かったんだ。俺たち。これで帰れる」
遭難になって二日目という最短で俺と朝比奈さんは救助された。
だが、その後に待ち受ける災難に俺は悩まされることになるとはこの時は知らなかった。
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