第29話 秘密と体型
「おはよう! 高嶺くん」
朝、登校中の俺は突然、背後から背中を叩かれた。
びっくりして背筋が伸びてしまい、その正体に俺は目を向ける。
朝比奈可憐だ。その眩しい笑顔が癒しを与える。
「朝比奈さん……」
「どうしたの。そんなしけた顔しちゃって。そう言えば珍しく一人だね。いつもの幼馴染はどうした?」
「葵は朝練で早めに登校しているから一人だよ。それより周囲の目もあるからあんまり関わらない方が……」
「友だち相手にそんな言い方されちゃうと寂しいじゃないか。挨拶は誰に対して私はするから気にするな。変な疑いは心配しなくてよろしい」
バチンと再び強めに背中を叩かれた俺は喝を入れられた気がする。
朝比奈さんは上機嫌に見えたが、俺の前を歩くその後ろ姿は悲しみを背負っているように見えた。
「朝比奈さん。何か、無理していない?」
俺がそう言うとビクッと朝比奈さんはその場に立ち止まる。
「無理している? 何の話?」
「いや、この間の電話の件だけど……」
「あーあれね。全然、無理していないけど」
「でも……」
「高嶺くん。私の秘密は誰にも言わないって誓えるよね? ひょっとしてもう誰かに喋っちゃったとか?」
「まさか。誰にも言うわけないさ。それに言うような人だっていない」
「良かった。そのまま秘密は墓場まで持っていってね。私も高嶺くんを最後にもう誰にも言うつもりないから」
「……分かった」
「じゃ、先に行くね」と朝比奈さんは笑顔を見せた。
ただその笑顔は作り笑いのような不自然さを感じた。
大きな秘密を抱えながら朝比奈さんはいつもと変わらず眩しい笑顔を見せる。
それは笑顔で隠しているのか、無理やり感情を誤魔化しているのか分からない。
それでも朝比奈さんはいつもと変わらない笑顔で学校生活を送る。
俺が心配したところでどうしようもないが、知っていると言う事実が唯一の繋がりを感じた。おそらく俺から秘密を言うことはない。
「ねぇ、優雅は私に隠し事や秘密にしていることってないかな?」
目線を逸らさないように葵は近距離で質問する。
「な、なんだよ。急に」
「答えて。私にも言えないような秘密ってない?」
むしろ、葵に対して秘密にしていることしかない。
自分の勝ちが確定していると思い込んでいる一方で俺は女の子と交友関係を築き上げている。それが最大の秘密とも言えるが、当然そのようなことは口が裂けても言えない。
「ないよ。秘密なんて面倒だ」と言い切った。
「怪しい」
葵は完全に疑った目で見つめた。
バレている? そもそもどうして急に秘密を疑うような言動に出たのだろうか。
葵がこのように怪しむのは一つ思い当たる。
「お前、何か隠しているのか?」
「え? 何のこと?」
「お前が怪しむ時はまず自分に秘密がある時だと決まっている。俺に言えないことがあるから俺の秘密を疑っているんだろ」
「いや、そんなんじゃないけど」
葵は目を逸らした。
なんと言うか分かりやすい奴だ。
じっくり観察すれば葵の秘密なんて見えてくる。
「葵、何か我慢しているんじゃないのか?」
「え?」
「よく見ると痩せたんじゃないのか?」
「分かる? 最近、ダイエットに専念しているの。朝は食べずに昼はサラダ。夜は林檎で耐える毎日。それも全部、優雅にとって魅力的な女性になるため。その努力がついに実ったんだね」
「いや、露骨すぎるだろ。育ち盛りなんだから少しは食べろよ」
「食べたら死ぬ」
「逆だ。食べなければ死ぬ。何だ。この腕は! ガリガリじゃないか。ただでさえガリガリなのにこれ以上、ガリガリになってどうする」
「きゃ。急に腕を掴むなんて優雅、大胆」
「ふざけているんじゃない。不健康すぎて見るに耐えないわ。平均的な体型に戻すまで知らないからな」
「優雅! 私を見捨てないで」
「なら体型をしっかり戻せ!」
「わ、分かった。私、頑張るよ」
葵は過激なダイエットを辞めて平均的な体型を取り戻すため、食べることに専念する。
だが、その数日後。変わり果てた葵の姿に俺はげんなりする。
「おふぁよう。優雅」
「お前……誰だ」
「やだなぁ。優雅の幼馴染。可愛くてキュートな栗見葵だよ。あまりにも可愛くて目移りしちゃった?」
「あまりにも変わり果て過ぎだ。この数日で何があった?」
明らかに葵は横に広がっていた。ほっぺはパンパンだし、服の上からでも分かるお腹の出っ張り。手足も妙に太く見える。
そう、たった数日で葵は激太りしていたのだ。
「優雅がガリガリで不健康そうって言うから頑張って食べたんだよ。おかげさまで大分肉付きがよくなったでしょ?」
「いや、付き過ぎだ。何をどうしたらそうなるんだよ」
「一日五食。朝はトースト二枚にヨーグルト。昼前に菓子パンを一つ。昼はおにぎり三つ。おやつに肉まん二つ。夜はガッツリと揚げ物のオンパレード。どう? これで不健康そうな体型とはおさらばだよ」
「葵。今度は逆に痩せろ」
「何で? 優雅の為に頑張ったのに」
「お前は極端なんだよ。限度を知らないのか?」
「私は優雅の為なら何でも全力で取り組める自信があるから」
「平均的でお願いします。あと、元通りの体型に戻すんだ」
「分かった。数日待ってね」
数日後、葵は元の体型に戻った。
俺のためとは言え、体型を自由自在に変えることが出来る葵は恐ろしかった。
だが、それほど俺に対する思いが本気だと言うことだろう。
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