第19話 交渉


「正直に答えて。高嶺くんは十六夜と付き合っているの? いないの?」


 朝比奈さんは攻めるように質問を投げかけた。

 何か勘違いしている。


「ス、ストップ。待って。俺と夜桜さんが付き合っている? 何を馬鹿なことを言っているんだよ」


「こっちは真剣に聞いているのよ。さぁ、どうなのよ? 答えなさい」


「付き合っていないよ。本当だ」


「そんな訳ないでしょ。あれはそう見ても付き合っているとしか思えないわよ」


「あれって何のことだよ」


「ほら。先週の金曜日! 駅の商店街に二人で歩いていたじゃない」


 金曜日? まさか串カツ屋へ向かう道中に朝比奈さんに見られていたのだろうか。

 少なからず夜桜さんは変装をしていたので分かるはずないのだが、日頃常に行動を共にする朝比奈さんであればそんな変装は見透かせるのかもしれない。


「いや、あれは違うんだ」


「違う? 何が違うっていうのよ。十六夜、男の格好をしていたっぽいけど、あれは間違いなくそうだった。楽しそうに喋っていたし、声を掛けるのはどうかと思って」


「た、確かに一緒にいたけど、俺たちは付き合っている訳じゃない」


「じゃ、どういう関係?」


 朝比奈さんは距離を詰めるように言う。

 責められている?


「と、友だちだよ」


「友だち? 高嶺くんと十六夜が?」


「本当だよ。嘘だと思うなら本人に聞いてみるといいよ」


 そう言うと朝比奈さんは考え込むように下を俯く。

 何だ。朝比奈さんは何を考えている?


「そう……。でも、友だちしたら何故、コソコソする必要があるの?」


「それは分かるだろ? 夜桜さんは人気者だ。俺のような細々とした人間が友だちだって知られたら印象が悪いから」


「別に高嶺くんの存在が印象悪いなんて思わないけど? 自分をそんな悪く言わない方がいいよ」


「ご、ごめん」


 朝比奈さんに慰められた気がした。

 俺の存在を否定せず、受け止めてくれたような。


「それより十六夜と友だち関係を内緒にしているのって別の理由があるんじゃない? 高嶺くんの印象が悪いのは建前でもっと別な理由とか」


「な、何のことだ?」


「惚けても無駄。隠している理由は栗見さんじゃない?」


 朝比奈さんは的確をついてきた。そう、夜桜さんとの関係を最も隠すべく相手は葵だ。

 葵にバレてしまえば友だち関係は崩壊する。それよりも何をしでかすか分かったものではない。そう言う意味で言えば葵には隠し通す必要がある訳だ。


「栗見さんが知ったらどう思うのかな。いくら友だちとは言え、許せないと思うな。裏切られたようで」


「何が言いたい?」


「あれ? 分からない? 私を野放しにするとうっかり栗見さんに十六夜と仲良くやっているって口が滑っちゃうかもしれないってこと」


 朝比奈さんは俺を脅そうとしているに違いない。

 弱みを握ろうと言うのだろうか。


「朝比奈さん。何が目的だ」


「待ってよ。そんな構えないでよ。別に取って食おうって訳じゃないから」


「いや、そうとしか思えないんだが……」


「まぁ、タダとは言えないけど。条件があります」


「条件?」


「栗見さんにこのことを言わない代わりに……」


 何だ? どんな条件を出そうとしているのだろうか。

 金の要求か。それともパシリとしての契約か。

 朝比奈さんは派手な見た目の分、良からぬ方への想像が次から次へと脳内を巡らせてしまう。

 どんな条件を出されたとしてもこの関係を葵に知られる訳にはいかない。

 俺にとって夜桜さんは初めてできた大事な友だちだ。

 この関係を終わらせたくなかった。


「言わない代わりに高嶺くん……。私と友だちになってくれないかな?」


 朝比奈さんは顔を赤めながら言う。


「へ?」


 俺は拍子抜けしてしまった。

 脅されることを覚悟した反面、朝比奈さんから出した条件は全く予想外のものだった。

 からかっているのか。いや、朝比奈さんは冗談を言うことがあってもこんな真面目な場面で冗談を言うような人ではないと俺は思っている。


「友だちって俺と?」


「そう。友だちになってくれたら私の軽い口は固くなることを保証する」


「ちょ、ちょっと待ってよ。俺と朝比奈さんが友だちってどう言うこと? 普通こう言う場面ってお金を請求したりパシリにしたりすると思うんだけど」


「はぁ? 高嶺くんは私のことをそう見えていたってこと?」


「いや、そう言う意味じゃなくて一般的に」


「まぁ、私みたいに遊びまわっていそうな人から言われるとそう思われちゃうのか。納得ね」


「なんかごめん」


「別に謝ることじゃないし。それよりどうなのよ。私と友だちになってくれるの? くれない?」


 何故か朝比奈さんと喋ると攻められているようでならない。実際、俺の気が弱いからそうなってしまうのは致し方ない。


「一応、確認だけど、友だちにも種類があると思うけど、どう言う友だちかな?」


「え? いや、普通に喋ったり、遊びに行ったり、一緒にご飯を食べたりそんな感じよ。他に何があるって……」


 朝比奈さんは自分で喋っていて急に顔を真っ赤にした。


「い、言っておくけど、エッチな友だちは募集していないから! か、勘違いしないでよね!」


 明らかに朝比奈さんは動揺していた。

 いつも勝気な顔をしている朝比奈さんがこうも取り乱す姿はかなりレアではないだろうか。

 朝比奈さんはそう言うと自分の手を差し出す。


「な、何?」


「私と友だちになるって承諾するならこの手を握りなさい。受け入れないのであればこの手を振り払いなさい」


 試されている?

 正直、俺みたいな奴が朝比奈さんと友だちになれることは願ってもいないこと。

 断る理由はない。だが、このやらされている感じがどうも考えさせられる。

 裏があるのではないか。騙されるのではないか。

 そんな思考で踏み止まってしまう。何が正しいのか判断がつかなかった。

 とは言え、ここで断れば朝比奈さんの口はすぐに葵に伝えてしまうことになる。

 今の俺に断る理由は何もない。

 だから朝比奈さんの手を握った。


「友だちになろう。朝比奈さん」


「良い返事をありがとう。ところでトイレから出た直後にこうやって喋ってきたけど、高嶺くん。ちゃんと手を洗った?」


「……………………」


「え? 何で何も言わないの? まさか、そんなことってないよね?」


 俺は無言を貫いた。

 脅されると警戒していた俺だったが、こうして何故か朝比奈さんと友だち関係を築くことになった。


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