第65話 5年後


 あれから五年が経った。そして俺は二十二歳になった。


「待ち合わせ時間まで十分前か。ちょっと早く着いちゃったな」


 午前十時。俺は街中にあるクスノキの前にいた。


「おーい! ゆうくん!」


 俺に呼びかけるのは夜桜十六夜だ。

 少し成長して大人びたスラッとした体型をしていた。

 髪も少し伸びて肩まである黒髪だ。

 化粧はうっすらとしているが、しなくてもいいような元が美人の性質があった。


「お待たせ。久しぶりだね。少し背伸びた?」


「久しぶりって前、会ったのは二ヶ月くらい前じゃないか」


「違うよ。もう三ヶ月経つよ?」


「そうだったかな?」


「それより早く行こうよ」


「お、おう」


 俺と十六夜は今でも付き合っている。

 ただ、会う頻度は以前よりも格段と減っていた。

 その理由はお互いの環境が変わったことが言えるだろう。

 十六夜は高校を卒業後、進学して大学生をしている。

 勉学やバイトなど毎日忙しい日々を送っているそうだ。

 そして俺は高校を卒業後、就職の道に歩んだ。

 町工場の機械部品の製造業で働いている。

 小さい会社ではあるが、それなりに人間関係はよく怒られながらも俺は満足していた。

 そんな環境の違いから十六夜とは会う頻度は減っていたのだ。

 そして今日は久しぶりに十六夜とデートをすることになった。

 美味しいランチを食べて遊園地に行き、デートらしいデートを堪能した。

 気付けばあっという間に夕方を迎えていた。


「今日は楽しかったね。ゆうくん」


「あぁ、久しぶりに楽しめたよ」


「私も。実は今日、ゆうくんに言わなきゃってことがあるんだよね。聞いてくれるかな?」


「大事な話?」


「うん。そうだね」


 このタイミングで大事な話って何だろうか。

 もしかして結婚か。いや、それは早い。まずは同棲の相談かもしれない。


「ねぇ、ゆうくんは私のこと、好き?」


「え? それは勿論だよ。これまでもこれからもずっと」


「そっか。私もその気持ちは同じだよ。そこで大事な話があります」


「う、うん」


 この流れは間違いない。プロポーズだ。

 こういうのは普通、男からするものが一般的かもしれないが、俺たちの関係上、十六夜からのプロポーズもなくはない。

 そんな期待をしながら俺は十六夜の言葉を待っていた。


「ゆうくん。私と別れてほしいんだ」


「勿論、喜んで…………え?」


 今、なんて? 別れてほしい? 聞き間違いか?

 いや、確かに十六夜の口から別れを告げられた。

 何が何だか、さっぱり分からなかった。


「今、別れるって言った?」


 信じられずに俺は聞き返すことになる。


「うん。そう言ったよ。私と別れよう。ゆうくん」


「待ってくれ。意味が分からない。俺のことが好きなんだよね?」


「うん。好きだよ」


「じゃ、何で」


「好きだからこそだよ」


「……は?」


「これからも私はゆうくんのことを好きでいたい。でもこれ以上、付き合うと嫌いになるかもしれない。だったら嫌いになる前に好きなままで別れたい。今日は最後のデートとして楽しませてもらったんだよ」


「納得できないよ。どうして別れるって結論になるんだよ。これまでもこれからも一緒じゃないのかよ」


「それは出来ないんだよ。ゆうくん」


「だから何で」


「もうこれ以上は一緒にはいられない」


「いられないって。俺のダメなところがあるなら言ってくれ。直すように努力するから」


「ごめん。そういうことじゃないんだ」


「なら、友だちに戻ろう。それでまた気持ちが変わったらヨリを戻せば」


「ゆうくん。もう私と会わない方がいい。だからバイバイ」


 十六夜は笑顔で別れを告げた。

 少し引きつった顔ではあるが、そこに未練はないような感じが伝わった。

 嘘……だろ?

 俺は訳も分からずに十六夜に振られた。

 五年という長い交際は一瞬で幕を閉じた。

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