第62話 密会


「さぁ、中に入って」


「いえ、玄関までで結構です」


 朱莉ちゃんはそれ以上入ろうとしなかった。


「それで葵に関する新しい情報ってやつは?」


「その前に何か飲み物を頂けないでしょうか? ずっと外で待っていたので口が乾燥しちゃって」


「あ、あぁ。ちょっと待っていて」


 俺は冷蔵庫からお茶をコップに汲んで戻ってくる。


「ありがとうございます。潤いました」


「それで情報は?」


「そう急かさないで下さい。情報は逃げたりしませんよ」


「でも、一刻も早く俺に伝えたくて寒い中、待っていたんだろ?」


「それもそうね。情報は二つ。一つは葵お姉ちゃんの部屋から新たな不審物を発見したことです」


「不審物? それは一体……」


「クローゼットの奥に土嚢袋がありました。その中身はロープ、ガムテーム、ブルーシート、軍手、そしてサバイバルナイフ。これらは一体何に使うんですかね」


 予想したくないが、それらの物品は明らかに人を襲う為に必要な物と考えられる。

 それは誰に対して使うものか考えるだけで怖い。


「ぐっ。それでもう一つの情報っていうのは?」


「これが厄介です。夜中にいつも部屋からドンドンと音が聞こえるんです。何かなって思って覗いたことがあったんですけど、何をしていたと思いますか?」


「な、何をしていたんだ?」


「カエルを解剖していたんですよ」


「へ?」


「その顔はおぞましかったです。不敵な笑みを浮かべながらカエルに向かって《怖くないからね。すぐ終わるから》って言っていたんです。ここまでいくと何をするかわかったものではありません。そのうちネズミとか猫とか捕まえてきたらどうしようかと思います」


「そ、それはちょっと普通ではないな」


「でしょ? 我の姉ながらちょっとヤバいところまで来たかなって思います」


 ここまで葵を追い詰めているのはなんだ?

 おそらく原因は俺なのだが、俺は葵の気持ちに応えてあげられない。

 それでも葵はずっと俺のことを思い続けている。

 ここまで逃げてきたが、このままではダメだ。一度、葵とキチンと話す必要がある。


「朱莉ちゃん。頼みがあるんだけど」


「頼み?」


「葵の部屋に上がらせてくれないか? 一度、この目で状況を把握しておきたい」


「うーん。いいですけど安くないですよ?」


「また俺からなけなしの金を取るつもりか?」


「いえ、そうではなくて葵お姉ちゃんの部屋に入るにはリスクがあるってことです」


「リスク?」


「私も勝手に部屋に入ることはあるんですけど、私の行動は全部知っているような口ぶりをするんです。変なものを見たようだねとかあまりチョロチョロしない方がいいよって。どこかで見ているような。監視カメラか何かあるかもしれません」


「それでも俺は葵のことを知らなくちゃならない。頼む。協力してくれ」


「そこまで言うのなら分かりました。今日は部屋にいると思うのでまた居ない時に呼びます。それでいいですか?」


「あぁ。助かる」


「それでも今日はこの辺で」


「ありがとう。朱莉ちゃん。また何か分かったら教えてくれ」


「はい」


 ガチャッと扉を開けて帰ろうとした時である。

 朱莉ちゃんの動きが止まる。


「…………あ、あ」


「朱莉ちゃん? どうしたの……」


 俺が覗き込んだその時だった。

 前髪を垂らして目元が見えない葵が門の外に立っていたのだ。

 いつからそこに?

 葵のシルエットだけで俺は恐怖を覚えた。


「お、お姉ちゃん……」


「朱莉。あんた、何で優雅と会っているの?」


「そ、それは……」


「来なさい!」


 葵は朱莉ちゃんの腕を掴んで連れ戻そうとする。


「い、痛い」


「じっくり話し合いましょうか」


「葵、待ってくれ。朱莉ちゃんは何も悪くない。俺が頼んだんだ。だから叱らないでやってくれ」


「優雅が? 何のために?」


「お前を知るためだ。そのために朱莉ちゃんには協力してもらった」


「……へぇ、そういうこと」


 葵は静かにそう呟いた。

 夜ということと前髪で表情が見えないことで何を感じたのか全く読めないが、快く思っていないのは確かなようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る