第10話 あの手この手


 ボーリング場を出た辺りで十二時を回ろうとしていた。

 葵とのデートはまだ終わらない。


「身体を動かしたことだしお腹空いたね」


「そういえばもうお昼だな」


「私、美味しい店知っているよ。すぐ近くだから行こうよ」


「あぁ、俺は何でも構わないが……」


 向かった先は洋風のお洒落な店である。

 デートの店と考えたら気合が入っている。


「高そうだけど大丈夫か?」


「見た目ほど高くないよ。さぁ、入ろうよ」


 店内も落ち着いた雰囲気でお洒落な内装になっていた。

 よくこんな店を知っていたと葵を感心してしまう。

 メニューを開くとパスタのメニューがズラリ。どうやらここはパスタが売りの店のようだ。

 ただ、写真が載っていないので名前だけで判断しなければならない。

 料理名が長く頼みづらい。

 俺はハズレがないミートソースパスタの料理を注文する。

 葵は海鮮のパスタを注文。


「良い店だな」


「でしょ。私も一度でいいから来てみたかったの」


 おそらく店の雰囲気だけで選んだに違いない。

 俺にとって内装とか雰囲気はどうでもいい。問題は味と量。これに限る。


「お待たせしました」


 料理が運ばれてくると俺は驚愕した。

 皿は大きいが、パスタは中心に小さく収められていた。これは目玉焼きの黄身のような配置された料理だ。量が極端に少ない。


「わー美味しそう」と葵は小さく言う。


 まぁ、問題は味だ。さて、頂きます。

 口に運んだが、美味しいと思えるが、その辺の冷凍食品と大差変わらない。

 言ってみればイマイチと言うのが正直な感想だ。

 それに金額も千円越えとやや高め。

 俺としては満足のいくものとは思えなかった。


「優雅、美味しい?」


「ん? あぁ、それよりお前、タバスコ掛けすぎじゃないのか?」


「え? これくらい普通でしょ」


 そんなものばかり食べているから舌がバカになるんじゃないだろうか。

 とは、言えず。美味しそうに食べているのであればそれでいいだろう。

 昼食を食べたにも関わらず、空腹が残る中、次に向かったのはカラオケ店だ。

 俺が最も縁がない場所とも言える一つだ。

 行かない理由は俺が音痴であることが挙げられる。

 音程が全く合っていない。俺が歌えば別の曲に変わってしまうほど悲惨なものだ。

 逆に葵は歌がメッチャ上手い。


「優雅、この曲好きだよね。私、歌ってみていい?」


「お前、知っているのか?」


「実は練習していたんだよね」


 葵に歌わせれば本人と思えるような美声をしていた。

 ここまで似せられていれば才能なんだろう。

 葵は五曲ほど連続で歌ったところでマイクをテーブルに置いた。


「ふぅ。疲れちゃった。ちょっと休憩。優雅も何か歌ったら?」


「俺は別に……」


「音痴とか関係なく大声で歌うのって結構スッキリするよ。ストレス発散にもなるし」


「じゃ、一曲……」


 音痴覚悟で俺はアニメソングを入れる。

 歌っている最中、葵は俺の横に座る。

 そして徐々に距離を詰めて太ももに手を置いて反対側の手で腰辺りを摩った。

 俺は目の前に流れる歌詞をなぞるように歌うのがやっとで葵に気が回らなかった。


「っ……き。……!」


 葵が何か言っているが、俺の声量でその言葉が分からなかった。

 歌詞が終わりを迎えたその時、気付けば葵は俺の太ももの中で顔を押し付けていた。


「って、お前なにをしているんだよ」


「あぁ、お気になさらず」


「気になるわ!」


 葵は俺を膝枕にして寛ぐ気満々の様子だ。

 自分の家ではないので派手なことは出来ないが、今考えてみればカラオケボックスというのは完全な個室だ。人の目がないのが自由度を感じさせる。

 これ以上は俺の息子が反応してしまう恐れがあったため、葵を無理やりどかした。


「ぎゃ! 何するのよ。せっかく人が気持ちよくしていたのに」


「そういうことは家でやれよ」


「別に誰かが見ている訳じゃないし」


 いや、カラオケボックスには監視カメラが設置されているので少なくとも店員さんには丸見えだ。


「歌い疲れたし、そろそろ出るか」


「……うん」と葵は少し不服そうである。


日が暮れ始め、朝からずっと遊び疲れたこともあり、そろそろ帰りたいと思い始めていた。

「そろそろ帰るか」


「え? まだいいでしょ?」


「でも他に何かすることでもあるのか?」


「ちょっと待って! 今、考えるから」


 そう言って葵は何やら頭を捻り出す。

 頼むから身体を使うような激しいものはやめてほしいとさえ思う。


「よし! バッティングセンターに行こうよ。絶対楽しいよ」


「却下」


「何で」


「肩が痛いって言っただろう」


「そっか。じゃ、他にアイデア出すから待ってよ」


「よし。帰るぞ」


 俺は考える葵を置いて歩き始める。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 俺と葵はそのまま家に帰ることにした。

 何だろうか。今日はドッと疲れが出た日に感じた。これでは何のための休日かわからない。


「ねぇ、優雅。トイレ行き忘れちゃって。その、家に上がっていい?」


「あぁ、そう言えば今日はトイレ使えないんだったな」


 その時である。家に入る直前、二人の少女が前を通り掛かる。

 葵の妹、朱莉あかり美都里みとりだ。

 朱莉は中学二年生で美都里は小学五年生と幼いが、葵よりしっかりした子だ。

 何やらスーパーの袋を持っているところを見ると買い物から帰ってきたところだろう。


「あ、優雅お兄ちゃん。こんにちは」


「こんにちは。二人で買い物?」


「うん。そうだよ。あ、葵姉ちゃん。今日部活は?」


「うっ……休みだよ?」


 ん? 何だ。その不自然な反応は。


「そうだ。二人ともトイレ使いたかったら俺の家で使っていいからね」


「トイレは自分の家で使いますよ?」


「え? だってトイレ詰まって明日、業者が来るまで使えないんでしょ?」


「いえ。普通に使えますけど?」


 どういうことだ。じゃ、葵の言っていることが違うような……。いや、待てよ。

 そう思った矢先、葵はコソコソと逃げる動作を目撃する。


「……葵。ちょっと待て。お前、まさか」


「ヒィィィ。ごめんなさい!」


 葵はダッシュで自分の家に逃げ込んだ。

 どうやら葵が付いた嘘だったようだ。

 俺の気を引こうとあの手この手と仕向けてくれた訳だが、どうも葵のやることなすこと全て空回りしているようでならない。

 楽しませようという気持ちは痛いほど伝わったが、俺にとっては楽しみ辛いものであることは言わない方がいいだろう。


「今日は楽しませてもらったよ。ありがとう」


 その言葉に嘘はあるが、これを言うことで全て丸く収まった気がした。

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