第26話 画面越しの合図


 夜桜さんが提案したのはリモートの勉強会だ。

 葵が俺の家で勉強することを夜桜さんには事前に伝えてあった。

 だが、その場に夜桜さんも混ざって勉強すると葵の阻止が展開される為、行くことは困難だ。よって編み出したのがリモート。

 その場にいなくともビデオ電話を通じることで繋がることができるのだ。

 ただ、俺と直接的に経由してしまうと怪しまれるので葵と連絡を取り、偶然を装って繋がることを考え付いた。

 これなら俺と夜桜さんが繋がっていることを怪しまれない。

 それに最近になって夜桜さんと葵の接点が生まれているのが良い味を出しているという訳だ。


『葵ちゃん。そこどこ? 誰かの部屋?』


「優雅の部屋だよ。今日は珍しくお邪魔しちゃった」


 何度も出入りしている夜桜さんは当然、見ただけで俺の部屋と分かるはずだが、葵に対して初めて見るような反応を見せることで俺との接点が低いことを薄めていた。


「十六夜ちゃんたちはどこにいるの?」


『うちら今、カラオケボックスにいるんだよ』


「カラオケ? そんなところで勉強出来るの?」


『歌わなければ意外と快適なんだよ。ジュースは飲み放題だしお腹空けば頼めるし。それに無音だと息がつまるから微かに聞こえるBGMが集中力を高めてくれるんだ』


「へぇ。私も今度やってみようかな」


 夜桜さんたちのテーブルにはしっかりと教科書やノートが広がられており、勉強をしている様子だった。

 そう言えば朝比奈さんや夜桜さんがこうして真面目に勉強している姿は初めて見た気がする。普段はずっと喋っているイメージだ。そう言えばこの三人って勉強はできるのだろうか。いつも遊んでいるイメージしかないのでその辺、よくわかっていない。


「そう言えば皆は勉強って出来るの?」


 俺の気持ちを代弁するように葵は三人に聞いた。

 すると夜桜さんたちはどこか遠い目をして葵と目線を逸らした。

 出来ないのか。察しろという意味なのか。


『べ、別に出来ないって訳じゃないよ。偏っているだけ』


「偏っている?」


『私は文系が得意で可憐かれんは理系が得意。咲歩さきほはバランス型って感じ。だからそれぞれ苦手な分野を教えあっているの』と夜桜さんは説明。


 確かに苦手分野の教え合いは効果的だ。だが、それに似合うだけの学力を持っているのだろうか。


『いやークラスで分野別トップの二人が一緒に勉強してくれてマジで助かりましたよ』と夕野さんは発言する。


 まさか朝比奈さんと夜桜さんが分野別を独占しているのか。それは友だちとして知らなかった。ならこの教え合いは効果的である。


「え! 本当? 可憐様、十六夜様。私にどうか勉強を教えてください」


 葵は神を讃えるように深々とお辞儀をした。

 画面越しでそれぞれ重要な範囲を朝比奈さん、夜桜さんが講師となって授業をしてもらう形になって進行した。

 先程まで漫画に逃げていた葵だったが、二人の話に釘付けで勉強するようになった。

 俺も遅れをとらまいと必死に食らいつきながら話を聞く。

 授業をしている最中のこと。朝比奈さんからメッセージが入る。


『私がウインクしたら解散の合図。そしたら十分以内に葵ちゃんを帰して。その後で少し電話をしようよ』


『了解』


 何か裏があるのか。俺は朝比奈さんの指示に従う。

 朝比奈さんの教え方は少し特徴的で分かりにくい箇所があったが、夜桜さんの教え方は理解しやすく自然とインプットすることが出来た。

 要は数学が苦手な葵は最後まで朝比奈さんの教えに対して首を傾げる。

 確かに数学は丸暗記とは違い、理屈が通用しない部分がある。

 身に付く為には計算して頭の回転力が必要になってくる。

 そういう意味では教えられてどうにかなるものでもない。日頃の努力を繰り返さなければ身に付かないだろう。


『あ、どうしよう。利用時間があと十分だって』と、朝比奈さんはウインクをしながら夜桜さんに言う。


 合図だ。


『そっか。じゃ、この辺でまた今度にしよう。葵ちゃんはリモートじゃなくて一緒に勉強しようね』


「うん。お願いします」


『じゃ、私たち会計を済まして帰るから。またね』


「うん。また」


 夜桜さんが退出した。

 時刻は既に二十二時を回っていた。今日は潮時だろう。

 俺は伸びをしながら葵に言う。


「さて、俺たちもお開きにしようか。玄関まで送ってやるから荷物まとめろ」


「はぁ? 何を勝手に帰そうとしているの? 私はまだ居るよ」


「居るってもう遅いし」


「別に家は隣なんだし遅くなっても問題なし。今日は泊まるつもりだからよろしく!」


「よろしくって何を勝手に決めているんだよ」


「たまにはいいでしょ。勉強したらお腹空いちゃった。夕飯にしようよ。優雅はなに食べたい? 私はカツ丼がいいな」


 こ、こいつ。長居するつもりだ。それよりも泊まっていくらしい。

 どうする。このままでは朝比奈さんから電話が掛かってくる。


「葵。悪いが今日はダメなんだ。また遊んでやるから今日のところは……」と俺は葵の肩を掴んで部屋から追い出そうとする。


「何でそんなに必死なのよ。私、そんな邪魔? あ、分かった。あの三人を見た直後だから自家発電処理をしようと考えているんだ! 大丈夫だよ。私がちゃんと見守ってあげるし、何なら手伝ってあげてもいいんだよ?」


「何を馬鹿なことを言っているんだ。そんなことしないよ」


「じゃ、何をしようと……」


 その時だ。

 プルルルルと俺のスマホに着信が入った。


「ん? こんな時間に電話?」


 葵はその着信に対して不信感を抱く。

 着信画面を見られたら朝比奈さんだと分かってしまう。

 そうなれば何故、朝比奈さんの連絡先を知っているのか。

 何故、先程までリモートをしていたのに電話が俺のところに掛かってくるのか。

 考え出すと不審点が山積みだ。

 葵は俺のスマホに歩み寄った。

 俺は奥歯をガタガタ震わせた。




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