第5話 昼の過ごし方
朝から授業続きで脳が疲れ切った後の昼食は待ち遠しかった。
だが、ここから俺のさらなる戦いが始まろうとしていた。
俺の昼食は週三で弁当を持たせて貰えるが、その他は現金のみ。
五百円硬化一枚が俺に取って大事なエネルギーの源と言える訳だ。
そして狙うのは購買で売られているパンだ。
その中で一番人気は焼きそばパン。勿論、俺はその焼きそばパンを食べたいと常に思うが、そううまくいかない。俺のクラスは購買部から一番遠い教室なので終鈴と共に向かったとしても買えることはない。
だから一番人気の焼きそばパンは諦めた。
狙うは二番人気のメンチカツパン。これが買えたら良い方だろう。
昼の休憩を知らせるチャイムが鳴るまで残り三分。
今から走り出そうと自席で足踏みをする自分がいた。
「……優雅。ねぇってば」
葵は俺の後ろから声を掛ける。
そう、偶然にも俺の席は葵の前の席に位置する。
「何だよ」
「もしかして今日はお弁当持ってきていない日?」
「あぁ。だからこうして購買に駆け出そうとウズウズしているんじゃないか」
「良かった。なら購買に行く必要ないよ」
「どういう意味だよ」
「実は何と今日は優雅の分も作ってきました。私の手作り弁当」
俺は雷が全身に走った。
まさかの愛妻弁当。本来であれば幼馴染からの手作り弁当は喜ばしいものと素直に受け止めたいものだ。だが、葵は完璧な幼馴染ゆえに欠点が存在する。
それは料理が不味いということだ。
幼馴染がゆえに葵の知らないことはほとんどない。
その情報から葵の作った料理を口にしたことがあるのだが、その味は悲惨なものである。
葵の料理をこの大事な昼のエネルギー源にしてしまえば午後の俺はずっと保健室行きだ。
それだけはなんとしても避けなければなるまい。
「いや、悪いから自分の分は自分で買うよ」
「だから作ってあるから食べて貰わないと困るんだけど」
葵は不機嫌に頬を膨らませる。機嫌を損ねてしまえば後々面倒なことになるだろう。
これはどっちに転んでも無事では済まない。
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン。
そうこう言っている間にチャイムは鳴る。
「はい。では今日の授業はここまで。しっかり予習しておくように」
周囲の生徒は購買のパンを求めて一斉に席を立つ。
やばい。このままでは出遅れる。メンチカツパンを買えるのは絶望的だ。
「今日は日当たりが良さそうだし、外で食べようよ」
ガッチリと葵は俺の腕を掴んだ。しかも力強い。これは諦める他なかった。
あぁ、俺のメンチカツパン。さらば、午後の俺。
そう諦めて俺は葵に連れられて中庭広場へ向かうことになってしまう。
「お昼。お昼。楽しいランチタイム」
浮かれる葵だが、俺はそんな気分にはなれなかった。
葵の弁当が食べたくないのは勿論だが、俺の口は完全にメンチカツパンになっていたからだ。
「今日はサンドイッチを作ってきました。ドンドン食べてね」
葵がランチボックスを開くとそこには彩りが良いサンドイッチが並んでいた。
その中で一際目立つ存在を放っていたのが、メンチカツサンドイッチだ。
「こ、これってメンチカツ?」
「優雅って揚げ物好きでしょ? だからボリューム感出すために用意してみました」
「おぉ、さすが俺の幼馴染なだけあって分かっているじゃないか」
サンドイッチといえば具材をパンに挟むだけだから料理の旨い不味いはないだろう。
葵がいくら料理下手だからと言って今回ばかりは食べられないものではない。
むしろ当たりではないか。
「頂きます」
「召し上がれ!」
俺は早速メンチカツサンドを手に持ち、そのまま一口頬張った。
だが、その瞬間、予想していた舌触りとは少し違う味覚を感じた。
……何だ、これは? ねっとりとした舌触りがする。メンチカツといえば濃厚なソースが鉄板だ。
だが、これはソースの味ではない。甘みを感じたことで嫌な予感がした。これってもしかして……。
「どう? 美味しいでしょ?」
「葵。お前、これに何を入れた?」
「何ってハチミツだけど」
「何でメンチカツにハツミツなんだよ。普通ソースだろ」
「え? だって甘い方が美味しいでしょ」
葵の味覚はバグっている。自分が美味しいと思えるものしか作らないのでその感覚と違えば当然、どの料理を出されたとしても不味いものは不味い。
こいつとは生まれた時から味覚が合わない。それは現在でも変わらない。
葵は料理が下手ではなく味覚が異常だということを覚えて頂きたい。
「こんなに美味しいのに優雅の味覚は変わっているよね」
「それはお前だ!」
そう突っ込まずにいられない俺である。
優しさで無理やり口の中にねじ込んだ俺は胃の中で悲鳴を上げていた。
このような酷い昼食は初めてだ。
「悪い。ちょっと水を飲んで来る」
「あ、優雅。お茶あるけど……?」
俺は葵に構わず席を立った。
なんとか昼食を終えたが、こんな命懸けの昼食はもうたくさんだ。
ウォータークーラーの水で中和している時である。
「あの! ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください」
遠くからでも分かる愛の告白が耳に入る。
この学校はそんな気軽に告白する環境なのだろうか。
俺には縁がないと思いつつも耳を澄ませてしまう。
「ごめんなさい。今は誰とも付き合うつもりはないの。本当にごめん」
あーあ。振られちゃった。
告白したのは男で告白を受けたのは女だ。
だが、女の声にどうも聞き覚えがあるのは気のせいだろうか。
俺はチラリと女の顔を覗くとそこには夜桜十六夜の姿があった。
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