第6話 思わぬ遭遇
「やばい。面倒な場面に出くわしちゃったな」
目立たないところで告白するのは学校内で見られた展開だが、その場面に夜桜さんがいるとは。立場が違うが二度までも俺は夜桜さんの告白場面に遭遇してしまった。
夜桜さんからの告白はレアであるが、夜桜さんが告白されるのは予想通りと言えるので不思議ではないが、いざこうして現場を目の当たりにすると悪いものを見ている気がしてならない。
何と言っても夜桜さんは美人で朝比奈さんとついになる存在だ。目が行く男子が後を絶えないのも無理もない。
相手の男子は見覚えがないことから別のクラスの男子だろうか。
夜桜さんとは友だち関係になれたことは事実だが、彼女の恋愛に関して踏み込むのは少し違う気がする。夜桜さんが誰と付き合おうと俺には関係ない。
「……今回は気付かれずに退散した方が良さそうだな」
ボソッと呟いて俺は教室に戻ろうとその場を離れる。
何も見ていない。何も知らない。それでいいのだ。
「付き合っている人がいるからですか?」
「いや〜、そういう訳じゃないんだけどね」
「じゃ、好きな人がいるとか?」
「いたけど、振られたと言いますか……」
その二人の会話がどうも気になってしまい、離れようとした足がピタリと止まる。
何をしているんだ。早く離れるんだよ、と自分に言い聞かせても俺の足は鉛のように重く動くに動けない。
どこかでこのやりとりを聞いていたい自分がいる。
もっと近くでバレない場所はないだろうか。
そう思い、自転車置き場の柵に身を潜めたその時だ。
「キャッ……」
「っ……!?」
尻と尻がぶつかってしまう。
物音を立てずにポンと当たった程度で怪我等はなかったが、その相手は面倒な人である。
(朝比奈さん?)
(高嶺くん?)
(可憐。どうしたの?)
朝比奈さんのその横には
朝比奈さんの友人と思われ、俺と同じクラスの一人だ。
何故こんなところにいるのか。その理由は目の前の告白でお察しだろう。
(どうしたん。高嶺くんもこんなところで。さては覗き見だな? 趣味悪い)
(いや、俺は別にそんな訳じゃ……)
(冗談だよ。たまたま通りかかったんだよね)
隠れる場所に居合わせてしまった二人と俺は狭い空間で身体をやや密着してしまう。
バレないギリギリの体制もあり、変に動けない状況である。
これはこれで危ない状況と判断した俺は立ち上がろうとすると朝比奈さんに掴まれてしまう。
(ちょっと。今、動いたら気付かれちゃうよ。黙ってそこにいてよ)
(わ、悪い)
成り行きで俺はこの二人とともに夜桜さんを観察することになる。
気になるとはいえ、夜桜さんの友人たちと共に観察するのはなんとも奇妙な光景とも言える。
「振られたってことなら今はフリーってことだよね? だったらお試しとして軽い感じでもいいからどうかな? また好きな人ができたら諦めるしお願い出来ない? 夜桜さんのことどうしても好きなんだ」
男子の方は本気だ。以前の好きな人とは違い、真剣に夜桜さんと付き合いたいと思っていることがヒシヒシと伝わった。
確かに夜桜さんは好きな人がいるわけでもないし、付き合っている人もいない。
諦める理由が見つからないほど、押せばなんとかなると思われてしまうのではないだろうか。
だが、付き合う気がない夜桜さんにこれ以上粘っても嫌われるだけなのではないか。
押せ押せ過ぎて引きが全く感じられないのでこれでは逆効果とも言える。
(んー。粘りますね。今回の男子は押しが強いですな。見た所、体育会系であることからそのように見えますが、その辺どうでしょうか。朝比奈さん)
(はい。確かに男子から見れば押せばなんとかなりそうな雰囲気が見受けられます。ですが、十六夜さんは押し引きがないと落ちないので今回のカップルは成立しないと判断できますね)
朝比奈さんと夕野さんは野球の中継のような解説をボソボソと繰り広げる。
完全にこの二人は面白がっている様子だ。それは友人としてどうなのかと思うが、深い関係であるからこそ言えるものだと俺は感じた。
この様子から見て夜桜さんは俺の知らないところで数多く男子から告白を受けていると捉えられる。
朝比奈さんの影に隠れているとはいえ、やはり告白を受けるのは日常的なものなのだろうか。
(今回の告白で何回目でしょうか。入学からカウントするとして私の記憶だと七回目だと思います)
(可憐。違いますよ。他校から二回告白を受けているのでトータル九回目です)
(そうだっけ。だって?)
(いや、俺に言われても……)
九回目か。考えて見れば多い。まだ入学して二ヶ月ほどしか経過していないのにも関わらずその回数とはモテるというレベルを通り越している。
(凄いね。十六夜モテモテ)
(まぁ、私は十五回だけどね)
(可憐が張り合わなくても……)
ここに凄いモテる奴がいた。
さすが、一番人気の朝比奈可憐。夜桜さんよりの断然モテるのは納得いく。
(……私はまだ三回。二人には及ばないな)
ボソッと言う夕野さんは残念そうに呟く。
いや、ないより告白されるだけ凄いのでは?
二人には及ばないが、夕野さんはどちらかといえばクラスで三番目くらいに可愛いと言える普通タイプだ。それでも可愛いことに違いはない。
この二人はモテることはよく分かったが、男の告白された回数を競うのは男として悲しい事実に思えるのでやめてほしい。
俺はどうやら合コンでトイレに行った女子グループの会話を聞いている感覚に近い状況にいる。
「あの、とにかく無理です。あなたから何を言われても無理なものは無理です。ごめんなさい」と、夜桜さんは頭を下げた。
「ぐっ……。分かった。付き合うことは諦める。ならせめて友だちからでも」
「いえ、間に合っています。本当に無理なんで」
先ほどまで優しい受け答えだった夜桜さんが、相手の男子がしつこいこともあり、痺れを切らし、突き放すような発言を放つ。
これ以上、何を言おうと提案しようと夜桜さんの答えは変わることはないと悟った男子は歯を食い縛るようにその場を離れた。
「さようなら」と呟く男子の背中は悲しみを感じる。
(はい。今回もカップル成立しませんでした。残念)
(いや、結果は分かっていたじゃない)
(ははは。まぁね。あの子、今は彼氏求めていないし)
最後まで夜桜さんに気付かれることなくやり過ごせた訳だが、見てはいけない場面に立ち会ってしまったようでならない。
教室に戻ろうとしたその時だ。
「高嶺くん。ちょっとスマホ貸してもらっていいかな?」
「え? あぁ、うん」
「ありがとう」
不意に渡してしまったスマホに朝比奈さんはポチポチと何かを入力する。
「はい、どうぞ」
渡されたスマホには誰かの携帯番号が入力されていた。
「これは?」
「私の携帯番号。ワン切りしたから登録してね。私もするから」
「え? どうして?」
「このことは内緒ということで口止めね」
そう言って朝比奈さんは一足先に教室へと走っていく。
男子の誰もが欲しがっている朝比奈可憐の連絡先を何故か俺が知ってしまう。
羨ましがられることは間違いないが、この連絡先は俺にとって不幸を呼ぶ火種になるような気がしてならなかった。
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