第2話 負けヒロイン

 幼馴染の存在はありがたい反面、当たり前のようなものがあるのが難点だ。

 要は兄弟のようで異性としてみるには考えさせられるところがある訳だ。

 このまま葵に一人勝ちされてしまえば俺は誰も愛せなくなる。

 と言うよりも人との交流が断たれてしまう訳だ。

 葵には申し訳ないが、恋人を作って広い世界を見て欲しいと言うのが幼馴染として俺の見解でもある。

 その前に葵は誰が好きなのか。俺にも教えてくれないとなれば謎が深まるばかりだ。

 葵の恋人作りは長考の予感がしていた。


高嶺たかみね君。ちょっと良いかな?」


 俺に声を掛けてきたのはクラスで一番可愛い朝比奈可憐あさひなかれん

 今まで話したことがないのに何故、俺に用があるのか。謎は深まる。


「ど、どうしたの?」


「実は……」


 その時である。俺の背後に嫌な気配を感じた。


「あれ? 優雅。そんなところで何をしているの?

 不意に葵が登場した。

 タイミングが悪いところにいつも葵は邪魔をする。


「朝比奈さん。優雅に用があるなら私を通してくれない?」


「栗見さん。高嶺君の何?」


「幼馴染ですけど」


 胸を張りながら葵は言い放つ。

 恥ずかしいからやめてくれ。

 朝比奈さんがドン引きしているのが見えていないのか。こいつ。


「さぁ、要件はなんですか」


「いや、やっぱりなんでもない」


 呆れた朝比奈さんは去ってしまう。


「待って。朝比奈さん!」


 俺は追いかけようとするが、葵は俺の腕を掴んで抵抗した。


「良いじゃない。どうせ大した用じゃなかったんだよ」


「葵。どうしてそんなに邪魔をするんだ」


「邪魔って私は優雅に悪い虫が付かないようにと思って」


「お前はただの幼馴染だろ。俺にそんなに構わないでくれよ」


 初めて俺は葵に怒鳴ってしまった。


「そう、ごめん。頭冷やしてくる」


 葵は歯を食い縛るように一言だけそう言って走っていく。

 少し、悪いことをしたと反省したが、たまには良いだろうと特に気にも留めなかった。

 久しぶりに俺は一人になった。

 その足取りで俺は屋上に向かった。

 別に用事があるわけではない。

 広い場所で一人になりたいだけだった。


 ガチャッと扉を開けたその時だ。


「好きです。ずっと前から好きでした。私と付き合って貰えませんか?」


 開き掛けた扉を思わず半開きのまま止めた。

 告白? 

 しかも女の子からの告白だ。

 なんと言う羨ましいラブコメ展開。

 誰だ?

 半開きのまま薄眼で相手を確認した。

 女の子は夜桜十六夜よざくらいざよい。クラスで二番目に可愛い女の子。

 そんな子がまさか告白だと?

 そしてその相手とは?


 見たこともない男だが、ネームプレートを見る限り上級生であると判断できた。

 爽やか系で甘いマスクと呼ばれるような整った顔立ちをしている。

 男の俺の目から見てもカッコイイと思えてしまう。

 イケメンは可愛い子から告白されるのは最早、常識というより当たり前のような世界なのだろう。

 当然、告白は了承する以外考えられない。


「悪いね。僕は君より朝比奈さんが好きなんだ。朝比奈さんに近づく為に君と仲良くしてチャンスを窺っていたけど、好きになられるとは困ったなぁ。だから良い案があるよ。十六夜ちゃんとは恋人になるのは難しいけど、セフレなら考えてもいいよ? 僕とセフレになれることは光栄だと思うよ。名案だろ?」


 こいつ。夜桜さんを振った上にとんでもない要求をしてやがる。

 予想もしていなかったのか、夜桜さんは下を俯いた。

 男は俯いた夜桜さんの顎を無理やり上げた。


「な? 僕のこと好きなんだろ? だったら良いじゃないか。これから良い関係を築こうよ。ね?」


 夜桜さんの身体が震えているのが見えた俺は居てもたっても居られなかった。

 でも、俺が行ったところでどうする? 何をしてあげられる?

 コミュ障に近い俺が行ったところで何か解決ができるのか?


 考えても答えなんて出ない。だから何もしないと言う選択肢に出た。


 バンッと扉を勢いよく開けたことにより、男と夜桜さんは俺の方に注目が集まる。


「だ、誰だ?」


「た、高嶺君?」


 無言で俺は二人の前に歩み寄る。

 そのまま通り過ぎてフェンスの手前で止まる。

 終始、二人は何が起きているのか分かっていない様子だ。

 それは俺も同じだった。


「今日はいい天気だな。一人になりたい時はやっぱここに限る。風が気持ちいい」


「いや、一人じゃないだろう」


「今日はこのまま学校サボってしまいたい気分だな」と、俺は伸びをする。


「おい。状況分かっているのか? 他人の告白の場にズカズカと足を踏み入れるなんてどこの非常識だよ」


「んー、なんか空耳が聞こえる気がするけど、耳がおかしくなったかな?」


「バカにしているのか。お前、見えないふりするんじゃないぞ」


 遂に男は俺に掴み掛かった。

 俺は鋭い眼光で言い放った。


「触るんじゃねぇよ。人が気分良くしていたのに」


 突如、俺の雰囲気が変わったことで男は掴みかかった手を離した。


「な、なんだよ。テメェ。分かった。お前、十六夜ちゃんが好きなんだな? お前もモノ好きだな。正義のヒーロー気取りか?」


 男の口は止まらない。それでも俺は睨み続けた。

 どっかいけよ。と強い思いを乗せて。


「ちっ。勝手にしろ」


 男は痺れを切らし、帰っていく。

 ポツンと俺と夜桜さんは屋上に取り残された。


「変なところを見られちゃったね。でも、とりあえずありがとう。高嶺君が来てくれなかったらあいつの言う通りになっていたかも」


 夜桜さんはホッとした様子を見せた。


「でも好きなんだろ?」


「好きだった。でも、そんな人だとは思わなかった。私、惨めだと思う?」


「まぁ、そうだね」


「高嶺君。ストレート過ぎ! でも本当のことだよね。私は負けヒロインだから」


「負けヒロイン?」


「私ってどうしても可憐と比べられるでしょ? あの子、私より可愛いから。だから私はただの引き立て役で負けヒロインってこと。あいつも可憐が好みみたいだし」


「負けヒロインってそんな悪いことか?」


「え?」


「負けヒロインでも綺麗に咲いているじゃないか。その花はまだ散ってない」


「はは。高嶺君って実は面白いんだね。初めて喋ったけど、こんな愉快な人だとは思わなかった。いつも栗見さんと一緒にいるから」


「そう? 俺、口下手だからそう言われたのは初めてかもしれない」


「ねぇ、高嶺君。良かったら私と友だちになってよ。もっと高嶺君のこと知りたい。って言うより興味が湧いた」


「友だちか。ずっと欲しかった言葉だよ」


「じゃ、今日から私たち友だちだね」


 こうして夜桜十六夜と俺は友だちになることができた。

 初めての友だちはクラスで二番目に可愛い負けヒロインだった。

 波長が合いしばらく話し込み、そろそろ戻ろうと扉に手を伸ばした時だった。


「ん?」


「どうしたの? 高嶺君」


「開かない」


「開かない?」


「中から鍵閉められている」


「嘘。もしかしてあいつが腹いせに閉めたのかな?」


「最後の最後まで迷惑なやつだな。許せん」


「どうしよう。このまま屋上に取り残されるの?」


「夜桜さん。ちょっと下がって」


「え? うん」


 俺は強引に扉に向かって体当たりをした。

 ガンッと扉は開く。

 勿論、鍵は壊れた。


「あーあ。壊しちゃった。知らないよ?」


「大丈夫。後で直しておくよ」


「直せるの?」


「まぁ、工具と部品さえあれば直せるよ」


「へぇ。器用なんだね。別に壊さなくても誰かに開けてもらえば良かったと思うんだけど。スマホあるし」


「…………」


 余計な手間が増えたことに俺は唖然した。

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