第2話
「げふっ、げふっ、い、痛い……」
アルマは地面に座り込んだまま、頭を押さえる。
苦し気に呻いてから、自分の言葉に違和感を覚えた。
確か、アルマは扱いの危険な
しかし、それは所詮ゲームの話である。
マジクラの中の出来事に過ぎない。
マジクラには当然、痛覚など設定されていない。
ダメージを受けた際にちょっとした衝撃を感じるようになっているが、その程度である。
「痛い……?」
自分の言葉を反芻し、顔を上げる。
太陽が眩しかった。
アルマは草原の中に座り込んでいたのだ。
見えるものすべてが、感じるものすべてが、あまりにリアル過ぎた。
ならば、ここはただの現実世界の草原ではなかろうか。
そう考えたアルマの思考を、金の刺繍の入った服の袖が否定する。
「これ、俺がマジクラの中で造ったローブ……?」
立ち上がり、自分の服をよく確認する。
見れば見るほど、疑いようのないくらいに、マジクラで装備していた防具であった。
まさかここはゲームの中ではなかろうかという考えが頭を掠めたが、いやしかし、そんなことは有り得ないとすぐに否定した。
「ただの現実世界だ、ここは地球のどこかだ。そうに決まってる。おい、誰かいないのか! ドッキリで俺を騙そうだなんて趣味が悪いぞ!」
アルマが叫ぶと、背後でがさりと音がした。
どうやら人がいたらしいと、アルマは安堵を覚えながら振り返る。
地面を食い破り、巨大なカタツムリが姿を現していた。
全身が青い配色になっている。
マジクラの魔物、マイマイに違いなかった。
「や、やっぱり、ここ、ゲームの世界……!?」
現実では有り得ない生物を前に、アルマは思わず腰を抜かした。
その間に、周囲の地面を食い破り、二体目、三体目のマイマイが姿を現した。
マイマイ達は倒れたアルマへと喰らい掛かってくる。
「や、やめろ! やめろ!」
立ち上がろうとするが、焦りが足を縺れさせた。
マイマイがアルマへと圧し掛かる。
「うぶっ!」
アルマはマイマイに揉まれ、地面でもがいた。
(こ、このままだと、殺される! 何か、何かしないと!)
焦りがアルマから冷静な思考を奪っていた。
アルマはマイマイに弄ばれながら、必死に腕で宙を掻く。
しかし、実際にはアルマは、マイマイに命を脅かされることはなかった。
マイマイはマジクラの中でも下から数えた方がずっと早い、雑魚モンスターであった。
マジクラは素材を集め、拠点を築いていくのが主軸のゲームである。
故に上位プレイヤーであるアルマも、常人と比べて筋力に優れていたり、飛びぬけてタフだったりするわけではない。
代わりにスキルが多く、アイテムの扱いと理解に長けているのだ。
身体能力が常人と大差ないため、マイマイに嬲り殺されることも有り得ない話ではなかった。
だが、それは、アルマ自身が何も装備していなければ、の話である。
アルマにお手製ローブがある以上、雑魚モンスターであるマイマイの攻撃など通るわけがなかった。
それを知らないアルマとマイマイは、互いにえっちらおっちらと揉み合っていた。
(そうだ、ここが本当にマジクラの世界なら、《魔法袋》があるはずだ!)
マジクラでは《魔法袋》という、見かけの数十倍の量の荷物を収納できるアイテムがあった。
全てのプレイヤーが持ち歩いているアイテムである。
アルマは腰に手を回す。
指先に、袋が触れた。
「これだ!」
袋に手を触れた瞬間、袋の中のイメージが脳裏に浮かんだ。
アルマは大慌てでその中から、いつも用いていたはずの剣を探す。
脳裏にアダマントの、深紅の輝きが見えた。
あった、《アダマントソード》だ。
世界有数の名剣だが、しかしこれがアルマの持っている中で最強の剣、というわけではない。
だが、マジクラでは武器に耐久値というものがあり、ゼロになると壊れてしまう。
そのためアルマは普段使いようとして《アダマントソード》を用いていた。
アルマはそのイメージへ意識を集中し、《魔法袋》からアイテムを引き抜いて振り回した。
「ビギッ!」
たった一振りで、三体のマイマイが砕け散って宙を飛んだ。
千切れた身体と、割れた殻が地上に落ちる。
アルマは荒げていた息を落ち着け、額を拭った。
「はあ、はあ、どうになかった……」
口にしてからマイマイの残骸を見て、あの砕けようではマイマイの渦殻に値段がつかないな、と考えてしまう。
命の危機を感じていても、咄嗟にドロップ品の有無とその状態をつい確認してしまう辺りは、さすがマジクラのトッププレイヤーであった。
「ん……?」
それからアルマは、奇妙なことに気づいた。
輝きで勘違いしていたが、アルマの手にしていたそれは《アダマントソード》ではなかった。
黒い木を磨いて造れた柄の先には、四角い刃がついていた。
《アダマントの鍬》であった。
アダマントの輝きを見て咄嗟に掴んだので、《アダマントソード》と勘違いしてしまったのだ。
マジクラ内で畑を耕すための道具であった。
通常の鍬よりも遥かに耐久値が高く、野菜がちょっとだけ育ちやすくなる。
「……ま、いいか」
アルマは深く溜息を吐いた。
落ち着いてからアルマは考える。
ここは地球でもなければ、夢でもないことは明らかであった。
夢にしては感覚も思考もあまりに鮮明すぎるのだ。
アルマは目を瞑り、トントンと人差し指で額を叩く。
考え事をするときの癖であった。
「どうやらこの顔つき……本当にマジクラのアルマで間違いないみたいだな」
鍬の赤く透き通った刃に、アルマの顔が映り込んでいた。
頬の
「入れ墨もピアスも、やったことないんだけどな……」
現実逃避していても仕方がない。
自分はマジクラのキャラクターで、異世界に転移した。
どうやらそのことは、疑いようのない事実のようであった。
心当たりというにはあまりに馬鹿らしいが、ないわけではなかった。
マジクラにおいて
故にアルマも、これまで軽率には触らなかったものだ。
大量の
アルマ自身、そんなことが起こるわけがないとは思っているが、しかしタイミングから考えれば、それしか有り得なかった。
元より起こるはずのないことが起こっているのだ。
最早、何が原因であろうと不思議ではない。
元々、アルマはマジクラ廃人であった。
三度の飯よりマジクラが好きというのはアルマに限っては過言ではなく、二十四時間食わず寝ずでログインして体調を崩したことだってある。
このゲームよりずっとリアルな世界でマジクラを楽しめる状況に心躍るものがないといえば嘘になるが、しかしさすがに不安が勝っていた。
「……ひとまず、手持ちのアイテムを確認するか」
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