第69話

 アルマは散々遺跡で冒険者達を酷使して海轟金トリトンを採掘した。

 採掘開始から二日が経ち、都市パシティアの都長が送った新たに送った冒険者達がやって来た。

 彼らを指揮する都市の役人は、アルマ達の引き上げを要求した。


「都市パシティアの都長であるマドール様の私兵の一人、ワイズだ。アルマ殿の救援と遺跡の探索には感謝している。だが、今後、採掘と調査は我々が行うことになった」


 ワイズは長身で、金髪の男だった。綺麗な銀の鎧を身に纏っている。


 アルマは目を細め、ワイズの率いる冒険者へ目を向ける。

 C級以下の冒険者が主で、どうやらアルマ達を見て探索は既に不要と判断し、採掘のために送られてきたようであった。


「つまり、ようやく帰れるのか……」


 話を聞いていたキュロスが、安堵したようにそう零した。

 アルマにこき使われていた他の冒険者達も、ワイズ達の到着に、ようやく都市に帰れると喜んでいた。

 だが、アルマがそうあっさりと引き下がるわけがなかった。


「ほう、自分が主導での採掘しか認めないってわけか。この遺跡は一般公開してたはずだ。安全になったと見たら、やっぱり都長が占有しますって態度はどうなんだ? そもそも、魔物を減らしたのは俺なんだが」


『……おい、アルマ、ここは退いた方がよいのではないのか?』


 《龍珠》の中から、クリスがそう零した。

 アルマはローブ越しに《龍珠》を軽く叩き、声を潜める。


「ちょっと言ってみるだけだ。駄目ならすぐ退くさ」


『いや、しかし、妙な目を付けられる方が厄介だと思うのだが』


「村のためだ村のため。俺だってゴネるのは心が痛いんだ」


『……そうは見えんが。金銭の問題ならば、既にクリアしているであろうに』


「金に換えるのには時間が掛かる。油断してると、集まり切らないかもしれないぞ」


『そういうものなのか、いや、しかし……』


 アルマに言い包められたクリスは、文句を零しながらも大人しくなった。


「アルマ殿の活躍には無論感謝している。マドール様も感謝していらっしゃる。しかし、何分規模が規模だ。……というより、既にここまで採掘を進めているとは思わなかった。そちらについても、今後少し話をさせてもらうかもしれない」


 ワイズが額を押さえてそう言った。

 マルマは露骨に顔を顰める。


「おいおい、冒険者が命の危険を冒して、正当に手に入れたものをブン取るのか? この辺りの地方じゃ、国みたいな強い纏まりがないから都長の権力が強いとは聞いてたが、そこまでするのか……。だったら、ギルドでも、そう明記しておいてほしいものだったな。だったらここまで労力掛けて、遺跡探索なんてやってなかったのに。先に入ったお前の仲間の私兵だって助けてるのに、とんだ仇返しだな」


「も、申し訳ない。しかし、その、規模が規模なのだ。ご理解をいただきたい」


『……おいアルマ、規模が規模だから特例で回収されるだろうと、そう零していたではないか』


 クリスが思わず突っ込みを入れる。

 元々、その対策のために先にメイリーだけ連れて遺跡の最深部まで降りて、高価なアイテムを隠しておいたのだ。

 

 アルマはまた《龍珠》をローブ越しに指で弾く。


「黙っておけ。そういうものだろ、交渉っていうのは」


『メイリー様や、アルマに何か言ってやってくだされ。こいつ、また迷惑掛けようとしておる。我、恥ずかしい』


「もう慣れたら、クリス?」


 メイリーは興味なさげに欠伸をしていた。


「わかった、ワイズ。俺も子供じゃない、交渉しようじゃないか。都長の編成した採掘部隊に俺も噛ませてくれ。現場を見てもらえばわかるが、俺は採掘に慣れている」


「……勝手に話を進めないでくれ。確かにアルマ殿の話はもっともだ。しかし、その、俺も命令を受けただけなのだ。許してくれ、勝手な判断はできない」


 長々話を続けている間に、最初は意気揚々としていたワイズも段々と弱気になって来た。

 ワイズについてきた冒険者達もうんざりした表情をしている。 


「いやいや、状況は知りません、先に決めてたルールは都合に応じて破ります、挙句の果てには、確かにこっちが間違ってるけど、一切交渉は受け付けません、判断する権限がないから? そりゃ話が通らないだろ。判断できないのは、そっちの都合の問題だ。それを盾に、確かに間違えてますね、でも許してくださいって、子供のままごとじゃなくて利害が絡んでるんだぞ? なんでそれで俺が納得すると思ったんだ?」


 ワイズはどんどん肩幅を窄め、俯いていく。

 外から見ているのが憐れになるほどであった。


『ワイズ、こんなクズに押し切られるでない。貴様が正しいぞ』


 アルマは《龍珠》を取り出し、メイリーへと投げた。


「邪魔だからそいつ、遠ざけておいてくれ。大事な話をしてるんだ、茶々を入れさせるな」


『この暴君め! ワイズ、しっかりせよ、自分を持つのだ!』


 アルマは俯くワイズの肩に、親しげに手を置いた。


「しかし、確かに俺も言い過ぎたかもしれない。体制の問題で、お前のせいじゃないしな」


「す、すまない、アルマ殿……。遺跡に捕らえられていた冒険者達を助けていただいた件は、勿論承知している。英雄でもあるアルマ殿に、このような対応をしてしまうとは」


「謝るな、お前のせいじゃない。だが、ワイズ。この遺跡も完全に安全とは言い難い状況だ、魔物が出るかもしれない。都長は欲を掻いて焦ったんだろうが、考えなしに冒険者を送っていい状態じゃないんだ」


 アルマはこれまでの怒声とは一変、猫撫で声でワイズへそう語り掛ける。


 強いストレスから解放されたとき、人はその要因を作ってくれた相手を、無条件で仲間であると信頼してしまうことがある。

 その相手が元々のストレスの要因であったとしても、である。

 それは自身の窮地を脱する術を学習しようとする、本能に近いものであった。


「そ、そうなのか?」


「そこでどうだ、ワイズ、提案がある。俺なら効率的な採掘の指揮もできる。危険な魔物が出てきた際の、最悪の事態にも対応できる。死人が出てからじゃ、遅いんだ。お前も体制に疑問があるというのなら、俺を独断で雇ってはみないか? お前がババを引くような状況には絶対にしないと、そう約束してやる。なに、心配はいらない。万が一そうなったら、俺がお前の上司に怒鳴り込んでやるさ」


「アルマ殿……! わかった! 私の独断で、アルマ殿を雇おう。いや、雇わせてほしい!」


 アルマはワイズの手を掴み、がっしりと握手をした。

 ワイズは少し驚いていたが、彼の手を強く掴み返した。


『……メイリー様や、あのクズ、好き勝手させていていいのか?』


 メイリーの腕の中で、《龍珠》の中からクリスがそう零した。

 メイリーはぼうっと遺跡の方を眺めており、アルマとワイズのやり取りを見てさえいなかった。

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