第70話

 都市パシティアの都長は、マドールという老人であった。


 このリティア大陸では都市間の繋がりが弱い。

 それは魔物被害が甚大であり、まともに都市の外と交易を行うことさえ難しい状態であるためだった。

 故に国のような大きな纏まりは存在しない。

 リティア三都市同盟という形で、大陸内の主要都市が互いに協力し合っていた。


 詰まるところ、マドールは都長というより、周囲一帯の村落を含めた支配者であり、その在り方は王にも近かった。

 そのマドールの客間に、一人の男と少女が訪れていた。

 アルマとメイリーである。


「……ということでだ、マドールさん。俺はこういう経緯を踏まえて、ラメール遺跡眠っていた資源と財宝、その八割の権利をいただける、という話になっているわけだ。ここまでに不当なところがあったのならば、教えてもらいたい」


「う、ううむ、ううむ……」


 マドールはやや肥えた自身の頬を撫でたり、巻き髪に手を触れたりと落ち着かない様子であったが、アルマの説明を聞いてがっくりと頭を下げる。


 アルマはマドールから採掘の監督を任されていた私兵ワイズを説き伏せて採掘の指揮に噛んだ後、アルマが遺跡で救助した冒険者達を呼び戻して強引に巻き込み、彼らに主要な仕事の大半を割り振っていた。

 そうしてワイズ達の貢献の割合を減らしたのである。

 その後、自身の貢献を盾に権利を主張し、ラメール遺跡の資源と財宝の大部分を個人で押さえることに成功していた。


 だがその後、一時は都長マドールの干渉で、今回得たものの大半を都市に引き渡すことに決まりかけていた。

 ただ、アルマが冒険者ギルドで受付嬢のシーラをまた弁舌で虐め、マドールの部下の役人を完全に黙らせ、上へ上へと昇っていき、ついには都長マドール本人の元まで辿り着いていた。


『……アルマ、やり過ぎだ。少しは遠慮せよ』


 クリスが《龍珠》よりそう零す。


「俺も正直、ちょっとでも有利にならないかと言ってみただけなんだけどな。ここまですんなり行くと気味が悪い」


『おい貴様』


 アルマはもっと狡猾な人間が上にいて、あの手この手で今回の資源を回収しに掛かるのではないかと警戒していたのだ。

 ただ、蓋を開けてみれば、都長のマドールはただの仕事熱心な老人であった。

 アルマの周到な準備と屁理屈を前に、完全に参ってしまっていた。

 

 マドールの立場として、引き下がれる状況ではなかった。

 都市パシティアは周辺の村落と比べれば裕福な都市ではあるが、魔物災害への対応のため、金と鉱石はいくらあっても足りるものではない。

 都市近辺で豊富な資源の山の眠る遺跡が発見されたのは救いであった。


 それを突然現れた冒険者が、個人で攻略して全部採掘したのでまるまる権利をいただきたいと言っても、それは到底受け入れられることではなかった。

 確かに都市の規定ではアルマの主張通りになる。

 だが、パシティアの規定では、そもそも財宝の山の眠るダンジョンが出現するという例外を織り込んではいなかったのだ。

 そしてかつ、それをほぼ単独で制圧して採掘を進める人間が現れるなど、誰が想定できようか。


 マドール個人の損失ではない。

 都市全体の損失であり、ここでマドールが折れれば、都市の魔物への防衛に掛けられる費用にも関わるのだ。

 それは即ち、都市の安全、住民の生死の問題であるともいえた。

 また、都市の面子にも関わる。


「アルマ殿よ……どうか、その、手心を加えてはいただけませんかの……? ここはその、大きな貸しを一つ、ということで……。何かありましたら、このパシティアの都長であるマドールが、全力でアルマ殿を支援させていただきます。ですので、どうか……」


 マドールがぺこぺこと頭を下げる。


「まあ、仕方ないわな。別に俺も鬼じゃないし、あんなに海轟金トリトンばっかりガメても仕方ない。いや、強引に使い道を作れなくはないが、こっちも別にマドールさんに喧嘩を売りたいわけじゃないんだ。売り捌く当てだってない。最初にマドールさんから提案してもらった案を呑むことにする」


「ほっ、本当でございますか!? いや、良かった……ハハハ、どうしようかと……」


 マドールが諂うように笑う。

 顔には安堵の色があった。


「よかったの?」


 メイリーがアルマへ目を向ける。


「ああ、あれだけ資材が手には入れば、しばらくは余裕があるくらいだ。あの村の規模でできることも限られてくるし、別に焦っても仕方ないだろ。それならマドールさんに恩を売っておいた方が、今後できることも増えるだろう」


「ハ、ハハハ、アハハハ……いえ、頼りにしていただいてもらえ、光栄です」


 マドールの顔に、細かく脂汗が浮かんでいた。


「でだ、マドールさん。早速だけど頼みがあって、二億アバルくらいいただけないか?」


「にいっ、二億アバルですかな!?」


「実は俺が折れたのも理由があって、なるべく急ぎで、物じゃなくて金が欲しいんだ。ここ呑んでもらえないなら旨味がないから、俺もあの海轟金トリトン、意地でも全部抱えて逃げることになるかもしれないんだが……」


「わわ、わかりました。すぐに用意させていただきましょう。明後日……いえ、明日までには……!」


 マドールは顔から滝のような汗を流しながらも、そう宣言した。


『貴様、鬼か』


 クリスがそう零した。


「いや、あのゾンビ騒動のあった村のために必要なことだからな? これ以上時間掛けてはいられない。それに俺が譲歩すると言っている海轟金トリトンの権利は、全部上手く捌ければ数十億にはなるはずの量だ。かなりの年月と手間は有するだろうがな。そう考えれば、安いもんだろ、二億くらい」


『……四千万アバルあれば、村の救済には充分だと言っておらんかったか?』


「もらえるものはもらっておかないとな」

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