第7話

 アルマ達はエリシアとライネルに続き、半日ほど掛けて村へと到着した。


 簡素な造りの、薄い壁の住居が並んでいる。

 ところどころ壁が欠けており、雑に木の板で補強されている。


 村は低い柵に覆われている。

 ただ、柵は老朽化のためか、一部崩れている。

 畑の方には、枯れた作物の様子が見えた。


「貧乏臭い村……」


 メイリーが思わず呟く。

 アルマは素早く、伸ばした指でメイリーの頭を小突いた。


 柵のすぐ外側に、一定間隔で魔物除けの魔術式が刻まれた石が設置されている。


 魔術式の刻まれた石は、マジクラにおいて《タリスマン》と呼ばれるものだ。

 人里に魔物が近づくのを抑えることができる。

 ただ高位の魔物や、それに指揮されている眷属に対してはほとんど無力であることが多い。

 明確に村を襲撃する意図を持った魔物に対しても効果は薄い。


 だが、《タリスマン》の有無は大違いである。

 マジクラでは、NPCの村が《タリスマン》無しに一日持ち堪える例などほとんどない。


 余談ではあるが、マジクラ初心者はまず、真っ先にNPCの村の《タリスマン》を盗み出すことが多い。

 一部のネット攻略ページでも推奨されているくらいである。


 村の中で寝泊まりするには金銭を要求されるし、勝手に建造物を建てれば当然トラブルに発展する。

 故に初心者プレイヤー達は平原に拠点を造るしかないのだが、《タリスマン》がなければ拠点に魔物が寄ってきて、あっという間に壊されてしまうのだ。

《タリスマン》を錬金する素材や設備を初心者プレイヤーが一から集めることは難しいため、必然的に夜の間に村から盗み出すことが最適解となる。


 ……なお、プレイヤーによる《タリスマン》泥棒に遭った村は、大抵修復が追い付かずに滅ぶことになる。

 マジクラ世界において、プレイヤー達によるNPCの扱いは悪い。

 往々にして、共存よりも略奪の方が効率がいいためだ。

 マジクラの世界は時として、プレイヤー達に世の無常さを教えてくれる。


「ここが私達の村です」


「なるほど」


 エリシアの言葉を聞き、アルマは顎に手を当てて考える。


《タリスマン》にも質というものがある。

 酷いものであれば、ただ通常の石にそれっぽい記号が刻まれただけの、お呪い程度のものもある。


 この《タリスマン》は多少はマシなようであった。

 安価ながらに《タリスマン》に向いた《ラピスストーン》を用いており、魔術式もそれなりには正確であった。

 

「ちょっと失礼」


 アルマは《タリスマン》に手を触れる。

 そして確信を持った。

 間違いなく《タリスマン》は、錬金術師によって造られたものであった。


 エリシアが錬金術師について詳しかったことからも察していたが、どうやらこの村には既に錬金術師がいる様子であった。


「あ、あの、アルマさん、大事なものなので、あまり触れないでもらえると……」


 エリシアは村へ目を走らせながら、そう口にした。


「おい貴様、何をしているのであるか! 吾輩の《タリスマン》に、汚い手で触るでなーい!」


 村から怒声が響く。

 アルマが顔を上げれば、ローブに身を包む、豚のように肥えた男が向かってくるところであった。

 硬そうな黒髭がもみあげと繋がっている。

 首飾りやら指輪を身に着けており、この簡素な村には似つかわしくない格好であった。


 どうやらこの男が、村の錬金術師のようであった。


「おいライネル、その二人組はなんであるか? 見たことのない顔触れであるが?」


 男はライネルへと責めるように言う。


「ここ、これは、ヴェイン様……あの、この方達は、旅の御方でして……」


「連れてきてどうしようというのだ!」


 ヴェインと呼ばれた男は大声で吠える。


「既に錬金術師がいたようだが、これはどういうことだ?」


 アルマはエリシアへと尋ねる。

 エリシアはバツが悪そうに唇を噛んだ。


「……黙っていて、すいません。実は今……若領主と、彼に取り入った錬金術師のヴェインが結託し、この村を支配しているのです」


 エリシアが小声で話す。


 村がヴェインという厄介ごとを抱えているという事実を、エリシアはこれまでの道中で切り出せずにいた。

 エリシアにとって流れ者の腕の立つ錬金術師は、村を牛耳るヴェインに対抗する、千載一遇の好機であった。

 だが、ヴェインの存在を知れば、首を突っ込みたくないと逃げられるかもしれないと、恐れていたのだ。


「別に構わんが……そういう話は、先に聞きたかった」


 アルマは額を手で押さえ、溜め息を洩らした。


 他に手段はないので引き受けるしかないが、これはかなり厄介な状況であった。

 ただでさえ村最大の権力者である領主が、村を導く力を持つ錬金術師と結託して私欲を貪っているのだ。

 村人がどれだけ反意を抱こうが、抵抗勢力が育ちようのない状況だ。

 外部の人間がこれを崩すにはあまりに厳しい。


「おいそこの貴様ら! 今すぐ吾輩の村から去るのだ! この村は今、重大な食糧難なのである! 流れ者に食わせるものなどない!」


 やれどう答えたものかとアルマが思案していると、メイリーが一歩前に出た。


「あのうー……その重大な食糧難に、その大きな腹はどういうことなの?」


 メイリーはヴェインの腹を指差した。

 エリシアとライネルが真っ青になった。

 それとは対照的に、ヴェインの顔がどんどんと真っ赤になっていく。


「ななな、なななんであると!? この生意気なクソガキめ! 速攻立ち去らねば、このヴェイン、容赦せんぞ!」


 激昂したヴェインが喚き散らす。

 今にもメイリーへと掴みかからんがばかりの勢いであった。


「メイリー、その辺りにしろ」


 アルマはメイリーの頭を押さえ、前に出る。


「俺は錬金術師だ。エリシア達に、村の危機に手を貸してほしいと頼まれた。無駄飯食らいにはならないと誓おう」


「なにぃ、こんなチンチクリンのガキが錬金術師であると? はっ、どうせ紛い物に決まっているのである。食う物に困って、大口を叩いているに過ぎないのだ」


「腕には自信がある」


「はっ、お引き取り願おう。元よりこの村には、この吾輩がいるのだ。新しい錬金術師など不要である」


 アルマは自身の額を押さえ、小さく息を吐いた。

 ヴェインは取り付く島もない。

 錬金術師が増えれば村で好き勝手することができなくなると、そう考えているのだろう。


 段々と言い争いを聞きつけ、村人達が集まってきていた。

 不安げな表情を浮かべ、事の顛末を見守っている。


「これは何の騒ぎかな?」


 そこに声が響いた。

 アルマが目を向ければ、身なりのいい青年が立っていた。


 上質な絹の衣服を纏っている。

 群青の髪も小奇麗に纏められており、明らかに村人達とは立場が違うことが察せた。

 歳は十八前後に窺える。

 青年の左右には、鉄製の軽鎧を纏う兵が立っていた。


「おお、ハロルド様……! 実は愚かな民が、錬金術師を自称する、胡散臭い男を村に引き入れようとしているのである!」


 アルマはヴェインの物言いに、どっちが胡散臭いんだか、と溜め息を吐いた。

 どうやらヴェインの様子から察するに、ハロルドはこの村の領主のようであった。

 エリシアや村人達も、ハロルドの登場に委縮しているようだった。


 ハロルドは顎に手を当ててから、ニンマリと笑う。


「いいんじゃないかな、ヴェイン殿。今この村は、藁にでも縋りたい状態なのが現状だよ。時として民の言葉に耳を傾けるのも、領主の仕事だからね」


 ハロルドはアルマ達をあっさりと受け入れた。

 

「え……?」


 エリシアはぽかんと口を開け、ハロルドを見ていた。


 アルマにとっても、ハロルドの判断は意外であった。

 ハロルドがヴェインと結託して村を牛耳っているのであれば、外部から新たに錬金術師を引き入れることを許容する理由がないはずだ。


「よよ、よいのですかな、ハロルド様……? その、ほら!」


 ヴェインは必死にハロルドへと目配せをする。

 ハロルドは胡散臭い笑みを振りまきながら、護衛と共にヴェインの傍へと歩いてきた。


「構わないよ、ヴェイン殿。心を折るには、希望を与えてからそれを折ることだ。最近、僕達に不満を抱いている民も増えてきた。教えてやればいい、ヴェイン殿に縋るしかないのだ、とね。村人が勝手に連れてきた錬金術師、というのもありがたい。自分達で何かしようが無駄なのだと、そうわからせてやれる」


 アルマは近くにいたため、断片的にハロルドの言葉が聞こえてきた。


「な、なるほど……しかし、吾輩があんな若造に劣るとは思いませんが、もしも、万が一にも……」


「大丈夫だよ。畑を整えるのには時間が掛かるし、《タリスマン》の善し悪しなんて素人目にはわからない。難癖をつけて、折を見て追い出すさ」


「おお、さすがハロルド様である!」


 アルマがハロルドの背を睨んでいると、ハロルドはアルマへと、すぐそれとわかる作り笑いを向けた。


「歓迎しよう、新しい錬金術師の方。僕はハロルド、この村の領主をさせてもらっている」


「……ああ、よろしく頼む。俺はアルマ、こっちはメイリーだ」


 アルマは顔が引き攣るのを抑えながら、メイリーの肩を叩いた。


「ただ、僕達にはあまり余裕がない。わかるかな? 仮に君達が……そう、ヴェイン殿に遠く及ばない腕前の錬金術師であれば、すぐに出て行ってもらうことになる。時折ヴェイン殿と君達を露骨に比べるような真似をさせてもらうかもしれないが、気を悪くしないでもらいたい」


 ハロルドは大袈裟な身振りをつけ、そう口にした。

 ハロルドの背後で、ヴェインが笑みを押し殺していた。


「……村のことなんて、ちょっとも考えてないクセに」


 メイリーが頬を膨らませてハロルドを睨む。


「露骨に比べるような真似……ね、なるほど」


 アルマはハロルドの言葉を繰り返し、薄く笑った。

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