第6話

「ありがとうございます……助けられました」

「もう駄目かと思ったぜ。アンタ達、本当に強いんだな」


 ゴブリンの討伐後、二人の剣士に礼を言われた。

 金髪の女剣士はエリシア、気の強そうな大男はライネルというようだった。


 予測通り、二人は近くの村に住んでおり、獣が捕まえられないかと思い狩りのためにでてきていたようであった。


「助けた代わりに……っていうのも嫌なんだが、食料を分けてもらえないか? 今にも飢えてしまいそうなんだ」


 アルマは腹を押さえ、彼らへそう尋ねた。

 アルマは今にも空腹で倒れてしまいそうだった。


「……た、食べ物か」


 ライネルが頭を抱える。


「何か問題があるのか?」


「いや、その、生憎俺達もあまり余裕がない……。手持ちは少ないし、村でも掟で、外の人間にゃ食べ物を分け与えるなってことになってるんだ……。領主様はおっかねぇ人で、バレたらどうなるか……」


「ライネルさん、アルマさん達は命の恩人ですよ」


「わ、わかってはいるが……」


 何やらきな臭い様子であった。


「とにかく……アルマさん、こちらをどうぞ。粗末なものですが……」


 黒く、硬いパンをエリシアはアルマへ渡した。

 パンを乾燥させた保存食のようだった。


 アルマはありがたくいただいた。

 確かに上等なものではなかったかもしれないが、空っぽの胃にはご馳走であった。


 アルマがパンの仄かな甘みを噛みしめていると、メイリーが羨ましそうにじぃっとその様子を眺める。

 それからライネルへ向き直った。


「ねぇ、ねぇ、ボクにも、ボクにもちょうだい!」


「あ、ああ、わかった」


 ライネルは少し悩んでいるようだったが、メイリーへと同じ乾燥パンを渡した。


「ぺっぺっ、何これ……。主様ぁ、これ酸っぱいしボソボソする……」


 アルマは無言でメイリーの後頭部をひっぱたいた。


「……すいません、こいつ、甘やかされて育ったもので、礼儀がなっていなくて」


「い、いえいえ……お気になさらず……」


 エリシアが苦笑する。

 メイリーは後頭部を擦りながら「甘やかしたのは主様のクセに……」と口を尖らせて呟いた。


「厚かましいようで悪いが、村の方で纏まった食料をもらうことはできないか? 村にも事情があるようだし、物々交換でもいいんだが」


 アルマはライネルを見ながら言った。

 ライネルは目線を下に逸らした。


「……難しいかもしれねぇ。どこの村も、食料が一番大事だろう。俺達も定期的に、都市の特別交易所に布やら鉱石を納めて、僅かな食料と変えてもらってるのが現状なんだ」


 ライネルは口惜しげに言った。

 恐らく、相当足許を見られているのだろう。


「特別交易所っていうのは、なんなんだ?」


 アルマの問いに、ライネルは意外そうに目を瞬かせる。


「ええっと……街門に入るには、身分証明書か、通行税が必要だろ? だが、俺達みたいな村の出だと、通行税を払う余裕もねぇ。だから、街門傍の特別交易所で食料と換えてもらうんだ」


 ライネルの説明に、アルマは合点がいった。

 マジクラのゲームでは通行税も、特別交易所もなかった。

 だが、なぜ今この世界にそれらのものができたのか、なんとなく想像がついた。


 マジクラのゲームでは、魔物は月の光によって無限に生み出される。

 人類はかなり追い詰められており、プレイヤーが介入しなければ数日で村が滅ぶことなど珍しくはない。

 見方によってはかなりハードな舞台世界だといえる。


 マジクラの世界が現実の物となった際に、世界に大きな変化が齎されたのだ。

 要するに、このハードな世界で高い街壁に守られた都市に住めること、それ自体が大きな特権となった。


 外の人間を受け入れていれば切りがないし、職も金銭もない人間が急増すれば治安は乱れる。

 故に高い通行税が設定され、加えて各地方の村人が中に入らずとも交易を行えるようにしたのだ。


(しかし、だとすれば、新しい疑問や懸念点が出てくるな……)


 アルマが考え込んでいると、エリシアが声を掛けてきた。


「あの……アルマさんは、街から来た冒険者ではないのですか?」


 冒険者はマジクラでもよく用いられていた言葉だった。

 広義では世界の未開地を旅する者のことだが、恐らくこの訊き方はそちらではなく、狭義の方の、都市の冒険者ギルドに登録している人間を示しているのだろうと察した。

 冒険者ギルドに登録した人間は都市を基点に活動し、魔物の討伐に関する様々な仕事を引き受け、金銭でその対価を得るのだ。

 

 マジクラプレイヤー達も、金策の少ない初期は冒険者ギルドに登録することが多い。

 中盤辺りからは自由にあちこちの未開地を巡って稀少鉱物を漁るか、NPCの村や都市を襲撃して金銭を得るようになっていく。


 最終的にはプレイヤーが都市を築き、冒険者ギルドを運営する側の人間になるのだ。

 もっともアルマのように、機動要塞を築いて一般人を住まわせない上位プレイヤーも数存在する。


「いや、俺は旅の錬金術師だ。未開地を渡り歩く、広い意味での冒険者だな。あまり都市には寄らないので、その辺りの事情には疎い」


「れっ、錬金術師なのですか!?」


 エリシアが驚いたように言う。


 しかし、アルマの知識では、別にマジクラのゲームの世界でも錬金術師はプレイヤーだけでなく、NPCの中にもいるはずだった。

 確かに錬金術師がNPCの中に自然発生するには、そこの人里の発展レベルと教育レベル、魔法技術レベルが一定値に達している必要がある。

 数はそこまで多くはないだろうし、貧しい村ではまず自然発生しないだろう。。

 だが、そこまで驚く理由に、アルマには心当たりがあまりなかった。


「何か問題があったか?」


「いえ、その……錬金術師には、あっという間に建物を修復したり、畑の土を肥やしたりと、村を導く力がありますから。正直に言って……今、私達の村に、必要な力なのです。あの……アルマさんはとてもお強いようですし、そちらの分野にも長けていらっしゃるのでは?」


 エリシアは遠慮がちにそう口にした。

 要するに、村を助けてほしいと、そう言いたげな様子であった。


「わかった、そういうことなら手伝わせてもらう。どれだけ力になれるかは保証できないがな」


 アルマが答えると、エリシアは表情を明るくした。


「ほっ、本当ですか!」


「ちょ、ちょっと主様、ねぇ、そう簡単に了承しちゃっていいの?」


 メイリーが不安げにそう言った。

 彼女としては、小さな素朴な村にあまり関心がないのだろう。

 天空要塞のお姫様暮らしが忘れられないと見える。


「ここで別れても、食料を得る手段がないからな。それに、たまにはこういうのも悪くはないだろう」


 アルマはマジクラのゲーム中では、ほとんど村や都市の補佐を行ったことがなかった。

 マジクラは自由度が高いため、様々なプレイングスタイルを取ることができるのが売りであった。

 アルマはひたすら鉱石を漁り、自身の装備と拠点の強化に時間を費やしていた。

 そっちの方が性に合っていたからだ。


「お、おいエリシア、いいのか? 勝手に新しい錬金術師を招き入れたとなったら、領主様が何を言うか……」


「しかし、村はこのままでは、きっといつか滅びてしまいます!」


 エリシアとライネルが、何かを言い争っていた。


「……どうにも、一筋縄ではいかなさそうだな」


 アルマは彼らの様子を観察しながら、小さく呟いた。


 魔物に人里が分断されたこの世界で、エリシアは錬金術師のことをかなり具体的に知っているようだった。

 アルマにはそこが引っ掛かっていた。

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