第5話

「腹が減った……」


 人里を探して歩き続け、既に数時間が経過していた。

 だが、どれだけ歩いても森が連なっているだけである。

 時折襲撃に来るマイマイ共とも戦いが、アルマの空腹を加速させていた。


「大丈夫、主様? マイマイ食べる?」


 メイリーが、マイマイの死骸を抱えてそう言った。


「さすがに嫌だ……」


「でも主様……元気ないもの。ボク、すっごく不安になるんだもん。大丈夫だよ、焼いたらきっと食べられるよ」


 メイリーが不安げにそう口にした。


「そう、だな……」


 アルマは本当に空腹が厳しくなってきていた。

 何せこれまで散々歩かされてきたのだ。

 腹が減らない方がおかしい。


 アルマは先ほどは忘れていたが、スキルの使用には魔力と共にスタミナを消耗する。

 これは食事や睡眠によってしか回復できない。

 スキルの実験は重要ではあったが、食糧確保を最優先にするべきだったのだ。


「メイリー、一緒に食べてくれないか? 一人でこれを食べるのは、俺にはちょっと勇気が足りない」


「え……そ、それはヤダ。ボク、ミスリルもらったからまだしばらく大丈夫だし……もしもお腹空いたら、主様の予備の道具もらうつもりだし……」


 アルマはがっくりと頭を下げる。

《天空要塞ヴァルハラ》に籠ってお嬢様育ちだったメイリーに、野生のカタツムリ食はハードルが高すぎたのだ。

 正直な奴め、とアルマは零す。


「メイリー、ちょっと周囲を見てくれ」


 アルマはそう言ってメイリーに《遠見鏡》を渡した。


 スキルの実験はもう終わった。

 メイリーの口頭だけではやや心許なかったが、またここで櫓を建てるのはあまりに効率が悪い。

 それこそスキル多用が原因となって餓死してしまいかねない。


「ボク使っていいの! これ、使ってみたかったんだぁ! フフッ!」


 メイリーは楽しげに受け取って、地面を蹴って空へと飛びあがった。

 周囲を見回してからアルマの許へと降りてきた。


「いたよ! いた! 人がいたの! あっちの方に、二人いたよ!」


「でかしたメイリー!」


 アルマは安堵した。

 頼み込めば、食料を分けてもらうこともできるかもしれない。

 それに、人がいたということは近くに人里があるということだ。


「あ、でも、魔物と交戦しているところだったみたい。ちょっと劣勢だったかも……」


「それを先に言ってくれ! 急ぐぞ!」


「主様、褒めていいよ! 褒めて! ボクの手柄!」


「ああ、食料が得られたら、後でいくらでも褒めてやる!」


 アルマとメイリーは大急ぎで向かった。


 メイリーの報告通り、二人の人間がいた。

 二人共、軽装の革の鎧を纏っており、簡素な短剣を手にしていた。


 彼らの周囲には八体の緑の小鬼がいた。

 子供程の背丈であり、耳が大きく、潰れた豚のような顔をしている。

 ゴブリンである。


 一体一体は強くないが、群れで行動することと、多少の悪知恵が働くのが驚異の魔物であった。

 落ちている武器を勝手に拾って使うこともあり、それによって脅威度は跳ね上がる。

 NPCの村を滅ぼしたり、プレイヤーの築いた拠点からアイテムを盗み出したりすることが多々ある。

 マジクラでも嫌われ者である。


 ゴブリン達は棍棒や弓、大きな盾を手にしている。

 ボロボロの装備だが、徒手のゴブリンよりは圧倒的に脅威だ。

 革鎧の二人の剣士も苦戦しているようだった。


「そっ、そこの御方、手を貸してください!」


 金髪の女剣士がこちらへ叫ぶ。


「メイリー、頼んだ」


「任せてっ!」


 メイリーが意気揚々と飛んでいく。

 低空飛行して近づいたかと思えば、鉤爪を振り乱して二体のゴブリンを瞬殺した。

 バラバラになったゴブリンの身体が散らばる。


「つ、強いっ!」

「なんだこの娘っ!」


 助けられた人達は唖然としていた。


 何せ、メイリーは世界竜オピーオーンの娘である。

 弱いわけがない。

 村近くに出る通常の敵など、どれだけいようが脅威にはならない。


 あっという間に続けて三体目、四体目のゴブリンが狩られていく。


「ゴッ、ゴォォオオオ!」


 ゴブリン達のリーダーがアルマへと向かってきた。

 通常のゴブリンよりも身体が大きく、全身に寄せ集めの鎧を装備しており、錆びた鉄の剣を手にしていた。


 コマンドゴブリンだ。

 ゴブリン達の部隊を指揮する役割を持つゴブリンである。


「俺なら勝てると思ったか!」


 アルマは魔法袋の中身を確認し、それから剣がないことに気が付いた。

 しまったと、顔を顰める。

 護身用に《岩塊の剣》くらいは造っておくべきだったのだ。

 斧を造った際に気が付くべきだった。


「やっちまったか……」


 アルマの落胆した様子に、コマンドゴブリンがニンマリと笑った。


 アルマの様な高レベルのプレイヤーも、膂力が強いわけではない。

 基本的に『できることが多い』というだけだ。

 相手はゴブリンの上位種で、全身に防具もある。

 まともに素手で応戦すれば、あっさりと敗れるだろう。


 アルマは《アダマントの鍬》を取り出した。


「ゴゴゴッ!」


 コマンドゴブリンは剣を構え、アルマを笑った。

 魔物を前に鍬を構えるのは、物資に余裕のない貧村の者くらいであった。


「耕してやるよ!」


 振り下ろしたアダマントの刃が、コマンドゴブリンの剣を、兜を砕く。

 頭を裂いて鎧を粉砕する。

 コマンドゴブリンの挽肉が散らばった。


 たとえ鍬とはいえ、伝説の鉱石アダマントの一撃は重い。

 文字通りコマンドゴブリンの命を刈り取った。


「耐久値、結構下がるから嫌なんだけどな……」


 アルマは溜め息を吐いた。


「主様ー! 残りは片付いたよ! ボクがやったよ! 褒めて、褒めて!」


 メイリーが血肉の中心で大きくブンブンと手を振った。


「鍬……鍬状の剣? いや、鍬……?」

「な、なんて出鱈目な人達だ……」


 アルマに助けられた二人は、目前の光景が信じられず呆然としていた。

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