第96話

 ゲルルフ攻略の準備を進めてから二日が経過した。

 無事に商いの都パシティアへ送った遣いも戻ってきて充分に錬金術の素材を集め、必要なアイテムを準備することができた。


 ゲルルフが悪意の都ズリングにて演説のために表に出てくるのは明後日である。

 アルマは錬金工房兼居城である時計塔の前に、ゲルルフ討伐のためのメンバーを集めていた。


 今回向かうのは、メイリー、クリス、そして《ヤミガラス》の副隊長であったフランカと、ゲルルフの元一番弟子のゾフィーである。

 クリスを連れて行くのは移動用である。

 ズリングを武力で威圧するのが御法度である以上、天空艇は使えないのだ。

 その点、《龍珠》に仕舞えるクリスは扱いが楽であった。


『アルマ様、メイリー様、ご無事をお祈りしておりますぞ! このホルス、アルマ様の留守間の村を預からせていただきます!』


 ホルスが姿勢よく直立に立ち、翼を真っ直ぐ伸ばしてそう宣言する。

 ホルス、アヌビスは今回、村においておくことになったのだ。


「主様、ホルス連れてかないの? ボク、抱き心地がいいから好きなのに。あったかいし」


「ああ、最悪を想定して戦力は分散しておくべきだろう」


 アルマもそこまでは警戒していないが、アルマが不在の間にゲルルフが村へ何らかの干渉を行う可能性もないわけではない。

 それに、マジクラ世界は運営の悪意に溢れている。

 まず大丈夫だろうと目を離していた村や街が、突発的に起こったとんでもイベントで滅んでいました、なんて別段珍しい話ではないのだ。

 そうでなくとも、魔物災害でどのような非常事態が発生するかはわかったことではない。


 村にはゴーレムや武器もあるが、追加でホルスとアヌビスを残しておくのは、アルマからしてみればそれでようやく必要最低限の戦力、という意識であった。

『マジクラでは常に最悪を想定して動け。そっちの方がだいたい三倍くらい効率がいい』とは、高名な錬金術師こと、マジクラ検証組の一角であるプレイヤー、蜜柑饅頭の至言である。


 名高いプレイヤーがだいたい嫌われているマジクラにおいて、蜜柑饅頭は全ての層のプレイヤーから高好感度を得ている稀少な人物であった。

 アルマも高難易度ダンジョンでのアイテム収集の際に速度重視と安定性重視で動いて確かめてみたことがあるが、確かにだいたい三倍くらい効率がよくて感動したことがある。


「いやぁ、本当の本当に光栄ですう! アルマ様にこんなに信頼していただけるだなんて! ゾフィー、頑張ってお役に立ちますねぇ! かつての師であったゲルルフ様を派手にぶっ殺せば、アルマ様ももっとゾフィーのことを信用していただけるようになりますよね? 頑張りますので、期待していてくださいねえ! でもゲルルフ様って、臆病というか根暗で、本当に自分のこと以外信じないようなお方なんで、あんまりゾフィーで不意を突けるとかは思わないでくださいねぇ? ゾフィーもアルマ様に師事するために、こんなところで犬死にするわけにはいかないんですよお」


 ゾフィーは両手をわきわきと動かす。

 アルマは死んだ表情でゾフィーの言葉を聞き流していた。

 ゾフィーは唇から垂れていた涎を音を立てて啜り、目を細めてフランカを見た。


「で……ここで副隊長さんがいるということは、やっぱり副隊長さんがアルマ様に情報を流してたんですねぇ! ウフフフ、ほらぁ、やっぱり当たってたじゃないですかぁ。アルマ様ったら、あのとき教えてくれてもよかったのにい。まあ、ただの消去法と勘なんですけれどね。副隊長さんがこの場にも呼ばれているということは、副隊長さん、ズリングのレジスタンスとも繋がりがあったってことですかね? そうじゃないと、わざわざ不安要素の副隊長さんを連れて行くメリットはありませんもんね。案内にはこのゾフィーがいますし、戦力としてもゾフィーの方が上ですし。いやあ、すごいですねぇ、副隊長さん。ゾフィーとそんなに歳も変わらないのに、ゲルルフ様の側近兵に志願して、《ヤミガラス》の副隊長を任せられるようにまでなるなんて。尊敬しちゃうなあ。並大抵の覚悟ではできませんもの」


 フランカが怯えたような目をゾフィーに返し、その場から一歩退いた。


 実際、ゾフィーの推理は当たっている。

 フランカを連れて行くのは反ゲルルフ派の組織と接触するためであった。


 どの程度彼らが戦力になるかはアルマとしては当てにはしていない。

 ただ、村を巻き込まないためには、ズリングに巣食う悪魔と契約した錬金術師をズリングのために討伐する、という構図が一番簡潔でわかりやすかったのだ。

 そのためにはフランカの仲間である、反ゲルルフ派の組織と行動を共にしておいた方が都合が良かった。

 それがなければ、フランカにはこちらの村で待機しておいてもらう予定だったのだ。


「アルマ殿……あの、どうしてゾフィーを連れて行こうと……? 本当に何をしでかすかわからない子なんです。ゲルルフの命令以外まともに聞き入れない上に、気に食わない同僚を魔物に変えようとしたこともあると……。それに、ゲルルフが怪しいことを行なっていたことを、知っていて付き従っていたはずです」


 フランカの顔には、ゾフィーと行動を共にしたくないと、はっきりとそう書いてあった。

 アルマにもよくよくその気持ちはわかった。


「イヤですね、副隊長さん。かよわいゾフィー一人で、ゲルルフ様になんて逆らえるわけがないじゃないですかあ。鍋に入れて煮込んで食べられちゃいますよお。兄弟子さんの件も、先に兄弟子さんがゾフィーに酷いことをたくさんしてきたんですよう。ね、ね、聞いてください、アルマ様ぁ。聞けば、きっと同情してくださると思います」


 ゾフィーがわざとらしい猫撫で声でアルマへと擦り寄る。


「まあ別に大半の嫌がらせはどうでもよくて、実験邪魔されたのが頭に来たのと、人間で魔物造ってみたかったのが一番の理由なんですけどぉ」


 アルマは目眩がして、頭を押さえた。


「……ゾフィーを連れて行くのは、こいつがアイテムの準備の際に予想以上に役に立ったからだ」


 ゾフィーには、ゲルルフ討伐のための準備を厳重な監視の元に手伝わせていた。

 時間と人手が足りなかったためだ。

 その際、ゾフィーはアルマの想定以上の貢献をしてくれた。


「それでも不安要素の方が大きいと思います。確かに、ゲルルフは危険な相手ですが……それならそちらのニワト……ホルスさんを連れて行った方がいいのでは?」


 フランカが怖々と口にする。

 アルマは首を振った。


「ゾフィーが予想以上に役に立ったから、村においておくのが怖くなったんだよ。フランカ、お前は長らく留守にする家に、壊れた時限爆弾を置いておきたいか? 脱獄されて村内を引っ掻き回されたら、どんな被害が出るのかわかったもんじゃない。多少足を引っ張られる危険があったとしても、対処できる側に置いておく。これが俺のリスク管理だ」


「ああ、そういう……」


 フランカが納得したようにそう呟いた。


「アルマ様ったら、ゾフィーのことを目から離したくないだなんて! いやぁ、照れてしまいますう! ゾフィーもアルマ様のことをお慕いしておりますねえ!」


 ゾフィーがきゃっきゃと喜びながらそう口にする。

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