第97話

 アルマ達はクリスに乗って空を飛んで移動し、都市ズリングに近づいてきたところで地上へと降りた。

 そこからもクリスに乗ったまま地上を駆けてもらった。

 都市近辺まで来た頃には既に暗くなっており、この距離であれば都市の方からクリスが発見されて騒ぎになることもないはずであった。

 

「よし、よくやってくれたクリス。これでしばらくお前の出番はない、安心して《龍珠》の中で休んでいてくれ」


『……一言多いぞ、アルマ』


 クリスは牙を剥いてアルマを睨む。

 ただ、クリスは戦力的にはホルス未満であり、図体も大きいため今回の戦いには向かないのだ。


『メイリー様や、アルマに言ってやってくだされ。こやつは我らドラゴンを舐めておるきらいがある』


「ボクならもっと早く着いてたのに」


 メイリーの言葉に、クリスが肩を窄める。


『いえ、あのメイリー様、我にではなく、こやつに……』


「なんだお前、ホルスとセットでお使いに行かされたのを根に持ってるのか?」


『そ、そういうわけではないわ!』


 クリスが前足でバンバンと地面を叩く。


 実際のところ心に引っ掛かる点もあった。

 確かにクリスの見張りとして、真面目で忠誠心が高く、戦闘能力に長け、器用なホルスは適任であった。

 ただ、鶏に行動を見張られるというのは、ドラゴンであることに誇りを持つクリスとしては、自尊心を傷つけられるところであった。

 都市パシティアにて反抗心を見せてホルスに一瞬で沈められた一幕もあり、ややナイーブになっていた。


「移動に便利だから役には立ってるよ。メイリーは小さすぎて、せいぜい乗れて二人だからな。いくら速くたって、目的を果たせなきゃ意味がない。だからパシティアへの移動も、今回のズリングへの移動も、クリス頼みだったわけだからな。そういう点で、俺はクリスを評価しているぞ。またいいものを食わせてやる」


 アルマがクリスの前足を手で軽く叩く。


『そ、そうか……? で、ではない! このクリスタルドラゴンである我を、便利な運び屋扱いになどするでない! だいたいお前は……!』


 クリスはやや満更ではなさそうな態度を見せた後、憤りを示すために身体を大きく揺らしてみせる。

 話が長くなりそうに感じたアルマは、すかさず《龍珠》を掲げてクリスを水晶の中へと閉じ込めた。


『おい! まだ話は終わっておらんぞ!』


 アルマは《龍珠》を、《魔法袋》の中へと放り込んでクリスを完全に黙らせる。


「さて、行くか。クリスの愚痴はアヌビスかハロルドにでも聞いてもらおう。あいつらは聞き上手だからな」


「クリスはアルマに聞いてほしそうだけど」


 メイリーが《魔法袋》を眺め、欠伸交じりに口にする。


「あいつ、あの巨体の癖に変なところ繊細で面倒なんだよ。しかし……悪意の都ズリングね。この大陸の、リティア三都市同盟の事実上のトップと聞いていた割には、ちっとお粗末な印象だな」


 アルマは遠くの都市ズリングを見上げる。

 高く積み上げられた建造物が、街と周囲をぐるりと覆っている。

 建物の上に強引に建物を作っているような状態で、不安定で不格好な印象が目立った。


 街壁としては確かに効率的だが、さほど頑強そうにも思えない。

 あれでは魔物災害の度に外側の住人が命の危険に晒される。


「アルマ殿、ズリングにおいては、貧困層は過密化した外周の建造物へと居住を追われるのです。同心円状に区分けされていて、内部に住まう人間ほど安全に生活できるようになっているんです。外側の住人は、いざというときの防壁代わりなんですよ。構造自体は、元々スラムなので自然とこうなった、というのが正しいのでしょうが……都市に余裕ができた今も、全くその対策を行なっていないのはゲルルフです。もし魔物災害が起きても、ゲルルフは内部の守りを固めるだけで、外側なんて知らん顔でしょう」


 フランカが沈痛な表情でそう語る。


「う〜ん……とはいえど、そこいらの貧村よりはよっぽど安全ですけれどねえ。高さもありますしぃ。まあゲルルフ様は実利主義で冷酷な人ですけれどぉ、嫌なら別に他所へ行けばいいんじゃないですか? 確かに後ろ暗いところはある御方ですけれど、なんでもかんでもゲルルフ様のせいにするべきではありませんよう。貴方達の悪いところです。それに中心部は驚く程治安がいいんですよ。この魔物だらけで技術も未熟なリティア大陸において、ちゃんとある程度の秩序と安全性が保障されている大都市を築いたというのは、ゲルルフ様の大きな功績なんですよお。それに救われた人がいるのも一応事実じゃないですかぁ?」


 ゾフィーの言葉に、フランカの表情が一気に殺気立った。

 眉間に皺を寄せて目を細め、ゾフィーを睨みつける。


「治安がいいって、ゲルルフが好きなように管理してるだけじゃないですか! 兵団が横暴を振るわない日はありませんし、ゲルルフが自分や部下の関与した事件の揉み消しやら賄賂に関与していることも私は知っているんですよ! 貴女! 結局どっちの派閥なんですか! アルマ殿! もう斬りましょうこいつ!」


「落ち着け、フランカ! メイリー、押さえてくれ!」


 暴れ出しそうなフランカをメイリーが押さえる。

 ゾフィーは腕を組んで、首を傾ける。


「別にゾフィー、ゲルルフ様を肯定してるわけじゃありませんよう? 言い方がちょっと公正ではないように感じたので、そこは違うんじゃないかなーと申し上げただけで。分けるべきことは分けて考えないとダメですよう。ゾフィーは別に、大義の有無なんてどっちでもいいですけれど、アルマ様に師事したいからこっちに着いただけですし。何かおかしなこと言いましたぁ?」


 フランカはゾフィーの言葉を挑発と捉えてか、今にも刃を抜きかねない勢いであった。


 アルマは恐らく、ゾフィーは本気でそう口にしているのだろう、と判断した。

 ただゾフィーはフランカの言葉が偏っているように感じたので、一応反対の意見も述べて客観的な情報をアルマに届けようとしただけなのだ。

 人生を懸けてゲルルフの悪意と戦ってきたフランカに対して、特に意味のない逆張りをかますことで彼女の神経を逆撫ですることになるとは思っていないし、そもそも端から彼女に気を遣うつもりもないのだろう。


「お前の言いたいことはわかったから、煽ってるつもりじゃないならもう黙っててくれ!」


「やっぱりそいつ、置いてきた方がよかったんじゃないの……?」


 メイリーがげんなりとした表情でそう溢した。

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